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人的役務所得をめぐる若干の考察


菊池 衛

東京局直税部訟務官室
税大研究科第5期生


序論

1 序説

 わが国の所得税法は、所得を、利子所得、配当所得、事業所得等10種類に区分しているが、税務の実務においては、これらのうち事業所得については、さらに、営業所得、農業所得およびその他事業所得に区分している。国税庁統計年報書をみると、このほ、昭和22年度版にすでにあらわれており、税務部内においては、この区分は、かなり重要な地位を占めていることがわかる。営業、農業、その他事業の区分は、所得税の碇定申告書にも示されていて、事業所得を有する者は、確定申告書の所得金額の欄を記人する際、自らの事業所得を、営業、農業、その他事業のいずれかに区分することになる。
このように、所得税法が要求しているわけではないのに、税務の実務において、事業所得を、営業、農業、その他事業に区分している理由としては、いくつかのものが考えられるが(1)、その根本にあるものは、事業所得として一括されているこれらの所得の間に存在する異質性であると考えられる。このうち、問題となるのは、営業所得とその他事業所得との区分であるが、国税庁統計年報書によれば、営業所待とされるものは、小売業、卸売業、料理飲食業、製造業、建設業およびサービス業などであるが、その他事業とされるものは、医療保健業、弁護士、税理士、建築士等、文筆作曲、美術家、芸能関係者、職業運動選手、挨士、外交員および諸教授などであって、営業所待とその他事業所待とは、その所得の内容において、かなり異質なものがみとめられるのである。その異質性の内容については後に考案するところであるが、資本と労働(精神労傲を含むことほいうまでもない)との結合関係の差異に異質性の原因がひそんでいるものと思われる。すなわち、一般的にいって営業ほ資本の依存度が高く、その他事業は労働(人的役務)の依存度が高いということである。
いずれにしても、営業所待とその他事業所待との間にほ、いくつかの異質な点があり、その結果、収入金額や必要経費の計算その他所得税法の諸問題について、「事業所得」としての共通の問題のほか、それぞれの問題領域を有しているということができる。
したがって、事業所得の問題を論ずる場合、常葉所得のみならず、その他事業所得についても、十分論じられなければならないのであるが、従来行なわれてきた事業所得をめぐる論議ほ、営業所得に傾斜し、その他事業所得にかかる諸問題ほ、とかく閑却されてきたことは否めない事実である。それは、その他事業所得にかかる諸問題に対する問題意義の少なさと、この諸問題の解決の困難さの両方が原因していると考えられる。
しかしながら、その他事業所得は、所得の蔵類別橙成比をみると、昭和39年の7.0%から、昭和43年には9.4%へと増加しており(2)、専門的知識労働者の必要性が叫はれている最近の社会情勢を考えると、この、その他事業所得者の増加傾向は今後とも引き続くものと思われる。とすれば、所得税法の研究においても、その他事業所得についての諸問題の研究は、ますます重要なものとなることが考えられる。
本稿は、このような観点に立って、その他事業所待とされている所得についての若干の問題を取り上げようと試みたものである。

2 人的役務所得の特色と問題点

 その他事業と観念される事業の態様(業種)については、さきにふれたところであるが、それらの業種に共通する点は、畜産水産業を別とすれば、次にみられるようにおおむね「人的役務」の提供をその内容とするものということができる。第一に、その活動ほ、人的要素が非常に強い反面、「資本」の占める地位ほ、かなり低く、場合によっては、「資本」は全く必要としないこともある。営業においては、資本は通常不可欠の要件であり、この点に著しい差異がある(3)
第二に、その他事業所得においては、事業と人格とが切離せない場合が多いということである。たとえば、弁護士、医師あるいは文筆家にしてもその役務の授供、思想の表現は、提供主体の個性(知識、技能をを含めて)に立脚するとこうから、その個性の創造は業務に直結しているものとして理解され、それが、個性を養う日常の生活費そのものも目的論的立場からは必要経費であるというような議論も生まれてくるのである。
第一および第二の特性は、両者の所得計算に次のような差異をもたらしている。すなわち、「営業」の場合、投下資本の増殖を目的とするから、繹記会計のシステムによる損益計算と財産計算(それは、資本計算のシステムであるといえる)を基礎として所得を計算するのに対して、「その他事業」の場合、資本増殖という考え方が介入する余地はないのである。また、事実において、その他事業所得者の帳簿記録(特に必要経費の記録)には種々の問題が伴うし、記帳しようとする意識も低い。青色申告の普及率(4)(昭和43年)が、営業所得者の場合66.7%であるのに対して、その他事業所得者ほこ6.9%であることが、これらの事情を物語っているといえる。
第三に、その他事業によって生産されるものほ、医療行為や娯楽の提供のように「無形の用役」であり、商品、製品のような有形のものではないということである。このことは、一部の営業についてもいえるが、その他事業に特徴的である。
このことから、収入の認識について二つの問題を生ぜしめる。一つは、この「無形の用役」による経済的利益を、自らが消費し(自家消費)の所得性の問題であり、他の一つは、収入の認識時期(所得の実現時期)の問題である。これらほ、いずれもこの種所得に特徴的な問題であり、かつ、解決困難な問題である。
第四に、その他事業の特色は、その活動の全部もしくはほとんどがその者自身の労働力によって行なわれ、原則としてその暑か肉体的精神的な活動によって他人のために労務、便益、および娯楽などを提供するものであるということであるゥこの点および第べた資本を中心としないという点において、その他事業所得は給与所得と隣接しており、その所得区分(たとえば、交響楽団の楽団員の所得は給与所得か事業所得か等)は、しばしば問題となる。
第五に、その他事業は、一般にいわゆる専門的職業として、一般の者の持たない特殊な、その者固有の能力によって報酬を得るるが、それには、一般の者より多額の教育研修費(自己の能力を維持増進させるために)を要するということである。したがって、これを必要経費としてどこまでみとめるかということが問題となる。
これら、「その他事業所得」の共通点は、これを一言でいえは「人的役務」にかかる所得であるということである。本稿は、こ着目して若干の問題をとりあげるのであるが、このために標題を「人的役務所得をめぐる若干の考察」としたのである。

3 本稿の内容

 以上、人的役務にかかる所得の特色と問題点についていくつかを示した。それらのうちで本稿は、琴二ないし第四の問題を取り案を試みたものである。
すなわち、第二章においては、第三として掲げた問題のうち人的役務の所得性について、たな卸資産の自家消費に対する課税処比させながら考察し、第3章においては、第三に掲げた問題のうちの所得の実現時期を取り上げることにした。第四章においてはに掲げた問題、すなわち、所得の分類について検討することにした。
このほか、第一、第二および第五の問題(必要経費の問題)については、それ自体で一つの研究テーマとなり得るものであるので、本稿でほあえて取り上げなかった。

注1 たとえば、事業税との関係等。 −本文に戻る

2 国税庁統計年報書昭和43年度版、43頁。 −本文に戻る

3 医業等近代的な設備と資本をもってする大鑑営もあるが、これらについても基本的には個々の医師の個性をもつ知識技能による処置、投票等の役務の提供をもって構成されるものである。 −本文に戻る

4 前掲年報書52頁。 −本文に戻る

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