本章では今回実施した経営指導事例に基づいて、経営基盤強化事業を実施していく上での問題点と対応方向について取りまとめる。その上で経営基盤強化事業の評価を行う。

1. 事業種類別の問題・課題と対応方向

経営基盤強化事業は、「人材養成及び組織管理」、「得意先強化」、「新商品開発・販売戦略」、「情報ネットワークの基盤整備・活用促進」、「物流業務の合理化」の5項目で構成されており、酒類卸売業者が事業を展開していくために必要な内容を幅広く含んでいる。つまり経営基盤強化事業として実施しているか否かにかかわらず、酒類卸売業者は内容的には経営基盤強化事業に関連する企業活動を行っているはずである。従って経営基盤強化事業を実施していないとする酒類卸売業者に対しては、前述の5項目に関してどのような経営を行っているかという観点で調査を行うとともに、経営基盤強化事業を実施していない理由を把握した。
 なお、本節では全ての項目に共通する問題点を取り上げ、その後で各項目の調査の結果を整理する。

(1) 共通の問題・課題と対応方向

5項目全ての事業に関して、実施しない理由として、人材がいない、担当者のスキルが足りない、資金がない等の経営資源の不足を指摘する酒類卸売業者が多数あった。このような問題点を指摘する酒類卸売業者には二通りのケースが考えられ、ケースに応じた対応が必要である。
 一つめのケースとしては、経営基盤強化事業の効果を理解しており必要性も理解しているが、事業を実施するために新たな経営資源を投入するほどには自社の将来の姿を描けない場合である。酒類卸売業を取り巻く環境が厳しい中、リストラ等のコスト削減による事業存続を優先せざるを得ない酒類卸売業者にとっては、新たに人材、資金を投入することはきわめて困難であることが理解できる。しかし、経営基盤強化事業を実施しなければ酒類卸売業者としての競争力が強化できないことも事実である。
 このようなケースに対しては、本当に人材を採用する余裕がないか、人材を教育する時間を生み出せないのか、新たに借り入れを行わずに資金を生み出すことができないのか等を検証することが必要となる。現在の労務管理、財務管理、業務プロセスを検証し見直すことができないか検討するのである。例えば、一人当たり売上高が他社より低ければ、従業員の生産性が低いと考えられ高める余地が存在している可能性がある。業務の進め方やプロセスをチェックすることによって生産性を高めることができれば、人を採用することなく経営基盤強化事業を実施する人的資源を生み出すことができるかもしれない。資金に関しても同様に、債権回収期間、在庫等をチェックし、改善することで新たな資金調達なしに事業実施のための資金を生み出すことができる可能性がある。
 二つめのケースは、経営基盤強化事業の効果を理解していない、あるいは効果がないと認識している場合である。効果がない事業に人材、資金を投入する事業者はいないから経営基盤強化事業の効果を理解させることが重要となる。どのような事業をどのように実施していくかは企業経営そのものであるから、経営基盤強化事業の効果がないと経営者が判断している場合、外部から助言することの是非は議論のあるところである。しかし、経営基盤強化事業が業界全体としての取組みであること、メニューの一つに経営相談窓口が用意されていること、酒類卸売業を取り巻く経営環境の変化が急激で大きいこと等を考えると、外部の専門家が個別の酒類卸売業者にとっての経営基盤強化事業の効果を具体的にアドバイスする機会があってもよいと考える。
図表2-1 人材不足・資金不足への対応策