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奈良時代の租・庸・調

問い

 今年は平城京遷都1300年にあたり、奈良時代に想いを馳せる方も多いことかと思います。
 さて、平城京には天皇をはじめ、貴族・役人・庶民など約10万人の人が生活していたといわれています。彼らのうち、皇親や八位以上の役人は無税、庶民は調・庸に免除がありました。平城京の庶民に免除があったのはなぜでしょうか?なお、京の周辺に住む庶民にも免除されていました。

答え

 平城京の庶民に調・庸の免除があった理由は、京と畿内(大和・山背(やましろ)・河内・摂津・和泉)に住む人びとには、他の地域と異なり、完成していない都の工事や寺院の建設などの雇役(こえき)(給与が支払われる労役)に使われることが多かったためと考えられています。
 平城京には、諸説ありますが、約10万人が生活していました。そのうち、貴族や役人たちは約7,000人であり、平城京に居住する人のほとんどが庶民でした。彼らは戸籍に登録され、口分田が支給され、その分の租の納入義務を負いました。また、年間60日以下の労役である雑徭(ぞうよう)や1戸あたり1人が徴発される兵役や50戸あたり2人が徴発される仕丁(しちょう)などの労役がありました。しかし、本来、中央に納める税である調・庸については雇役を前提とした、一定の免除がありました。免除の詳細は、絹や糸などを納める調は通常の2分の1を納めればよく、調に付随して課された少量の調副物(ちょうのそわつもの)や庸はすべて免除とされました。