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禁酒運動と酒造業界−25歳未満者の禁酒法案反対論−

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 近代日本の税収で酒税は重要な地位を占めていたが、かつて、その酒をめぐって激しい論議があった。今回は「25歳未満者の禁酒法案反対論」というパンフレットでそれを振り返ってみよう。
 これは、酒造組合中央会が昭和4年(1929)に、禁酒法の不可を論じた松波前東京帝国大学教授の論文を掲載紹介するため頒布したものである。表題の「25歳未満者の禁酒法案」とは、大日本帝国議会に提出された「未成年者飲酒禁止法中改正法律案」を指す。これは「未成年者飲酒禁止法」を「飲酒取締法」とし、それまでの取締対象であった「未成年者」を「25歳未満ノ者」へ改正すること等を目的とするもので、大正15年(1926)に提出されていたが成立には至らず、以来、毎議会に提出し続けられたのである。
 現在Taspoカードの導入が話題となっているが、日本では喫煙や飲酒は20歳以上からでないと認められていない。しかし、かつての日本は子供の飲酒、喫煙におおらかだった。喫煙、飲酒の年齢制限は、明治33年(1900)の未成年者喫煙禁止法、大正11年の未成年者飲酒禁止法から始まる。
 ところで、今回紹介する史料では25歳未満者となっている。確かに世界的に見ても、飲酒を可とする年齢ラインは18歳だったり、21歳だったりとまちまちである。だが、この25歳とはどういうことなのだろうか。1つは、人間は24、5歳まで心身の発達段階であり、20歳までの制限では不充分であるという考えがあり、また、25歳まで酒に接していないとそれ以降も飲酒する傾向が低いと考えられたためである。
 これを説明するためには、まず禁酒運動の歴史を振り返る必要がある。実は、この法案は禁酒運動と関係が深いのである。
 明治時代になり、キリスト教の布教が認められると、宣教師等を中心に風俗改良運動が起きた。禁酒運動はその一環として始まる。また、ジャーナリズムの方面でも大量飲酒や酒の害などの指摘がされるようになる。明治8年に横浜で禁酒会が誕生し、以後、キリスト教系、仏教系、あるいは非宗教系で全国に多くの禁酒会が設立された。講演会や衛生博覧会などによる啓蒙活動が行われたり、また、村を挙げて「禁酒村」を作る運動も見られたりした。
 このような運動とともに、法律で禁酒を達成しようという政治運動が展開される。その手がかりとなったのが、未成年者の飲酒、喫煙を禁止する法律である。未成年者の飲酒、喫煙は成長に重大な影響を及ぼすというのが理由であったが、さらに、未成年のうちから酒、煙草に触れない環境を整えることで、将来的にも禁酒、禁煙の習慣を続けさせたいという狙いも込められていた。この2つの法案は同時に議会に提出されたが、酒造業界の反発、個人の嗜好品や道徳観念を法律で規制することの是非、あるいは取り締まりの難しさ(当時の飲酒は家庭内が多数を占めた)という点から、未成年者飲酒禁止法はなかなか成立しなかった。最初の議会提出から約20年経ってようやく成立したのである。
 しかし、ようやく未成年者禁酒法が公布施行されたが、大量飲酒の温床と見られた学生や青年団、軍隊などのコミュニティーは成年と未成年との境界をまたいで存在し、そこでの未成年者の飲酒が問題視された。さらに、そこによってまた飲酒の習慣が培われてしまうという懸念も持たれた。そのため、その制限年齢を25歳まで引き上げようとしたのである。
 おりしもアメリカでは禁酒法が施行されており、酒造業界は売上の落ち込みだけでなく、徐々に年齢制限を引き上げて最終的にはアメリカのような禁酒国となってしまうのではないかと、強い危機感を抱く。そのため、議会での審議の模様を注視し、署名活動など盛大な反対キャンペーンを張った。このパンフレットは、その危機意識の現われといえるだろう。

 

(研究調査員 今村 千文)