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信託法改正と相続税・贈与税の諸問題

 
川口 幸彦

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 新しい信託法は、平成18年12月8日に国会で成立し、自己信託に関する規定を除き、平成19年9月30日に施行された。大正11年に制定された旧信託法は、84年ぶりに全面改正されたこととなる。
 信託法の改正に伴い、平成19年度税制改正により、信託課税制度の抜本的な改正が行われたが、その中でも、受益者等(又は信託に関する権利)と信託財産等との関係の明確化が図られた点が注目される。信託所得課税においては、所得税法第13条と法人税法第12条の規定が基本的な考え方とされ、受益者が特定している場合には受益者が信託財産を有するものとして課税され、受益者が特定していない場合等には委託者が信託財産を有するものとして課税されてきた。しかし、この税制改正により、いわゆる実質基準が導入され、受益者と同等の地位を有する者は「みなし受益者」とされ、受益者とともに信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなされ、かつ、信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者等の収益及び費用とみなされて課税されることとされた。また、受益者等が存しない信託等については、法人課税信託という制度が導入された。相続税法においても、従来どおり、受益者課税が採用されているが、法人課税信託となる受益者等が存しない信託については、受託者に受贈益について法人税等が課税されるとともに、一定の場合には、相続税等が課税(課税された法人税額等は控除)されるなど、様々な改正が行われた。
 信託課税制度に関しては、これまで様々な問題があると指摘されてきたが、今回の税目横断的かつ抜本的な改正により、これらの問題は解決されたのであろうか。本稿で研究の対象とする相続税等に関しては、「信託行為時課税、受益者課税、信託受益権に対する課税」という3つの特徴を基に、様々な問題提起がなされてきたが、今回の改正でどのような解決が図られたのか、新たな問題は生じていないのかについて研究の目的とした。また、信託の歴史からも明らかなとおり、信託は、その所有権の分散機能により、所得隠しや財産隠しに利用されることが懸念される。そこで、新しい信託課税制度は、様々な租税回避防止策が講じられたとされているが、それで十分と言えるかについても研究の目的とした。

2 研究の内容

(1) 信託法の改正内容
 新しい信託課税制度を検討するには、まず新しい信託法の内容を理解しておく必要があり、相続税や贈与税に関連する項目である1信託の設定方法や信託の効力の発生時期、2受益者等、3委託者、4信託の終了及び清算、5信託の新たな類型の創設等について検討を行った。

1 信託の設定方法は、信託契約、遺言の方法に加え、新たに公正証書等によってする意思表示の方法が認められた。この「公正証書等によってする意思表示の方法」は、これまで認められるか否かについて議論があった、いわゆる信託宣言(自らが受託者として管理することを宣言するもの)と呼ばれる方法である。また、信託法第4条に信託の効力の発生に関する規定が設けられたが、相続税法施行令第1条の11においても同様な規定が設けられ、整合が取られている。

2 新しい信託法では、「資産流動化信託」や「福祉型信託」という全く異質な信託を等しく規律しようとしている。後者に該当する新たな信託として、遺言代用の信託又は後継ぎ遺贈型の受益者連続信託等がある。特に、受益者連続信託は、相続税法の特例の対象ともなっているが、民法では認められていない後継ぎ遺贈と同様な効果があることから、その活用が期待されている。

3 財務省主税局は、その課税方法の変更理由の一つに、「委託者は基本的には何らの権利も有さないことがより明確にされた」ことを挙げている。確かに委託者の権利は、旧法に比べ、原則として縮小しているが、その信託の性格に応じて、拡大することもできる。したがって、同主税局は、「単に委託者であるということで課税関係を生ぜしめていた従来の方式」から、「受託者等に対して一定の行為を求めることができる権限と財産的な権利を有するか否かをメルクマールとして課税関係を生ぜしめる」方式としたと説明するが、従来、受益者が特定しない又は存在しないすべての場合において、信託収益は委託者に帰属するものとみなして課税するとしていた一連の問題を解決することを狙いとするものであったのではないかと考える。

4 委託者と受益者は、いつでも合意があれば信託を終了することができると明文化された。また、従来、信託が終了した場合には、帰属権利者に帰属するものとされていたため、受益者としての権利行使が認められるか否かについて解釈が分かれていたが、新しい信託法では、残余財産の帰属主体となる残余財産受益者と帰属権利者が区分・定義された。相続税法においてもこれらの使い分けがなされ、帰属権利者に関する課税上の疑義も解消された。

5 新たに創設された信託のうち、特に相続税等と関連のある自己信託や受益者の定めのない信託(いわゆる目的信託)について検討を行った。

(2) 従来における相続税等における信託課税の考え方
 従来の相続税等における信託課税制度の内容と問題点がどのようなものであったかを中心として、1信託課税制度の沿革、2従来の信託課税に対する批判等、3アメリカのグランター・トラスト、4信託受益権の評価、5従来の信託課税における問題点と改善策について検討を行った。

1 信託課税制度をその特徴に合わせると、第1期(大正12年〜昭和12年)から第4期(昭和25年〜平成18年)に区分され、「現実受益時課税」が行われた時期(第2期:昭和13年〜昭和21年)はあるものの、他の時期は信託行為時課税が行われ、また、受益者不特定・未存在の場合については、受託者課税又は委託者課税が行われるなど、信託課税の困難さのため様々な議論がなされて修正が加えられ、現行制度に至るまでに紆余曲折を経てきたと言える。

2 多くの学者や実務家は、信託時における受益者の地位は極めて不安定であることから、信託行為時課税には反対であり、(1)受益時課税の導入、(2)新たな事後救済措置の導入を求めていた。委託者が種々の権限を留保している撤回可能信託とその反対の撤回不能信託に区分して課税すべきとの意見があった。また、受益内容が受託者に委ねられている裁量信託に対する合理的な課税方法を明らかすべきとの意見もあった。さらに、始期付受益者(遺言代用の信託や受益者連続信託の受益者等、これらの信託の考え方は以前から存在していた)に対する課税方法の見直しや、受益者連続信託に係る受益権の評価について、受益者の平均寿命までの期間を前提とした(統計的手法を用いた)評価方法の導入を求める意見もあった。

3 撤回可能信託は、グランター・トラスト(譲与者信託、みなし自益信託)の代名詞のようなものであるが、グランター・トラストの委託者は、その信託財産を所有しているものとみなされ、遺産税が課税されている。なお、平成19年度税制改正において、特定委託者(又はみなし受益者)が採用され、グランター・トラストと類似の効果が期待できると考える。

4 信託受益権の評価について、信託課税制度と同様、第1期(大正12年〜昭和12年)から第4期(昭和25年〜平成18年)までを検討した結果、第2期(昭和13年〜昭和21年)までは具体的な評価方法が定まっておらず、統一的基準が求められていた。第3期(昭和22年〜昭和24年)になって具体的な評価基準が定められたが、その後は大きな変更はなかった。ただし、平成9年に信託受益権の分割による多大な節税効果が専門誌等に掲載されるようになったことから、平成11年と12年に通達改正が行われた。

5 上記2の批判等に対しては、次のとおり考える。信託行為時課税は、相続税等の累進税率を用いた課税制度においては、現実受益時課税よりも課税の公平の点で優れている。新たな事後救済措置については、昭和22年改正法において実績はあるものの、他の財産とのバランス等も考慮し、慎重な検討が必要である。また、委託者が種々の権限を留保している撤回可能信託は、受益者に課税せず、グランター・トラストと同様、委託者がその信託財産を有するものとみなして課税関係を整理すべきである。裁量信託については、個々人の受益額が特定できないことから、受益者に対する課税ではなく、(1)信託財産に対する課税、(2)遺産税(又は贈与者課税)も検討すべきである。遺言代用の信託については、実質的には、民法の死因贈与と同じ効果を有することから、同じ課税方法(相続時に相続税を課税)とすべきであり、信託行為時に贈与税を課税すべきではない。受益者連続信託の評価については、上記2の中の改正意見を採用するとともに、課税方法の見直しが必要である。

(3) 信託法の改正に伴う新たな信託課税制度
 相続税法第9条の2から第9条の5までについて条文ごとに検討を行った。

1 第9条の2
 従来の相続税法第4条の規定と比べると、受益者課税であることに変わりはないが、「特定委託者」という概念が導入され、受益者の中に取り込まれて受益者等(受益者としての権利を現に有する者に限られる。)として整理された。また、いったん信託が設定されると、相続税法施行令第1条の12第3項(2号:「受益者等が2以上存する場合には、信託に関する権利の全部をそれぞれの受益者等がその有する権利の内容に応じて有するものとする。」⇒土地信託通達の考え方)が適用され、その後、受益者等の変更があれば、受益者等から受益者等への贈与等として扱われることとなった。これにより、例えば、停止条件が付された受益者は、受益者とはみなされないことから、受益することが確実であったとしても、当面は他の受益者に停止条件が付された受益者の受益分も課税される場合が生じることとなる。
 なお、財務省主税局は、「従来は、一定の土地信託について同様の取扱いとされていましたが、今回のこの規定の新設により、この取扱いが土地以外の資産にも拡充されることとなり、信託に関する権利と信託財産との関係の明確化が図られました。」と説明している。この取扱い(土地信託通達)は、昭和61年の税制改正要綱に記載されているとおり、「現在商品化されている委託者を受益者とする土地信託で、受益権を相続の場合を除き分割しないもの」を対象に通達化されたものであった。今回の改正では、自益信託のみならず他益信託にも適用され、さらに受益権が分割されているものについても適用されている点に注目する必要があると考える。

2 第9条の3
 相続税法9条の3は、受益者連続型信託の特例規定である。この規定では、収益受益権しか有していなくても、一切の制約のない、いわば信託財産を所有しているのと同様に扱っているが、第1受益者、第2受益者等にとってみれば、自分が死亡するまでの間に受益を受けるのみであり(信託財産の価額と受益額とは大きく異なる場合があると考えられる。)、実際には信託を終了させることや信託財産を処分等することができないことから、それらの受益者に対しては、その受益に対応する部分についてだけ課税すべきであると考える。

3 第9条の4
 相続税法9条の4は、「受益者等が存しない信託」という信託法とは別の概念を設けて課税関係を整理した租税回避を防止する規定といえる。

4 第9条の5
 相続税法9条の5は、「未だ生まれていない孫等を受益者とする信託を設定した場合等」に対応できる、いわゆる相続税の一代飛ばしに対処するための規定である。しかし、現行の相続税法において、このような対処規定としては、相続税法第18条に相続税額の加算する規定が設けられているのみである。米国では、世代飛ばし移転税(Generation-Skipping Transfer Tax)が導入されているが、我が国においても、信託課税という部分的な対処に止まることなく、相続税全体のあり方の中での議論すべき課題であると考える。

(4) 新しい信託課税制度における問題点とその解決策等
 以上で述べた信託課税制度の問題点を踏まえた上で、新しい信託課税制度の問題点とそれらに対する解決策について検討(13)を行った。また、新しい信託課税制度には、いくつかの租税回避防止の手法が採られているが、それらの実効性についての検討(4)を行った。

1 受益者連続型信託の課税上の問題点等については、上記(3)の2で述べたとおりであるが、受益者連続型信託の受益権については、受益者の死亡(平均余命)を前提とした相続税法24条(財産評価基本通達による方法でも可)のような評価方法とすべきである。また、収益受益者に対する受益部分の課税だけでは、残りの受益部分が課税漏れとなるとの主張が考えられるが、その部分(又は全部)について受託者又は信託財産そのものに対する課税方法とすべきであると考える。

2 遺言代用の信託は、委託者が死亡するまでは受益者が存しない場合があることから、「受益者等が存しない信託」として相続税法9条の4の規定が適用されるおそれがある。所得課税の観点からは当然との意見もあろうが、民法の死因贈与と同じ効果を有するので、同じ課税関係(相続時に相続税を課税)とすべきであると考える。

3 信託行為時課税は、全く問題がないとは言えない。特に、いわゆる元本受益権については、実際に受益するのは将来であり、不安定さも抱え、担税力等においても問題があることから、農地等の納税猶予制度と同様な猶予制度(ただし、猶予税額を一定期間の後に免除するわけではない。)を導入したらよいのではないだろうか(信託行為時課税の原則を崩すことなく、納税者感情や担税力にも配慮できる。さらに、租税回避の抑制機能も期待できるのではないかと考える。)。

4 新しい信託課税制度は租税回避の防止に力点が置かれ、規定上は容易に租税回避ができないと考える。また、信託に関する調書の規定(相続税法59条2項)が整備されたのは、相続税等(特に信託課税)において資料情報の収集が極めて重要であるとの表れであると考える。しかし、信託業法等が改正され、信託の受託者の範囲が拡大され、故意に調書を提出しない受託者が現れないとも限らないことから、そのような事実が把握された場合には、罰則(相続税法70条1項1号)の強化も含め厳正に対処すべきと考える。また、平成10年4月から、新しい外国為替及び外国貿易法の施行に併せ、国外送金等に係る調書制度が導入され、200万円を超える国外送金をした場合には、氏名・住所、送金金額等が記載された調書が税務署に提出されることから、その有効活用が期待されるところである。さらに、受益権の評価はあくまでも、課税時点における状況を踏まえた上で将来予測を行って評価することから、評価するのに有利な状況を作り出すことを考える者がいないとも限らない。この場合、信託及び評価に関する知識等を基に、本質を見抜く力を発揮することが必要である。

3 結論

新しい信託法が「資産流動化信託」と「福祉型信託」という全く異質な信託を等しく規律しうるのかについては、今後、様々な議論がされると考えるが、信託課税制度についても同様である。実際に様々な信託が設定されることによって、その真価が問われることとなると考える。
 信託課税制度をどのような仕組みにするかは、大正11年の制度発足当時から様々な検討がされて今日を迎えている。言うまでもなく、信託は弾力性を有するだけでなく、委託者、受託者、受益者という三者が登場し、財産を有する者と受益する者が異なることなどから、課税関係を規定する上で大きな困難を伴うこととなる。さらに、信託の特質を利用して租税回避をしようとする者がいないとも限らないことから、その防止策を意識して課税規定を設けなければならないなど、課税の公平を完全に実現する信託課税制度を構築することは極めて困難であると考える。
 今後、民事の福祉型信託が活用され、具体的な問題が表面化することも予想されるが、第一歩を踏み出した新たな信託課税制度について、今後、様々な議論が行われ、より良い制度となっていくことを期待したい。

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