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動産・債権譲渡特例法の改正と債権回収上の諸問題

 
弟子丸 香

研究科第42期
研究員


要約

1 研究の目的

 租税債権回収のための差押えと債権譲渡が競合する場合の優劣については、民法467条の原則のほか、多くの裁判例によってある程度の基準が示されている。しかし、バブル崩壊後の担保不動産価値の下落を背景に、従来以上に債権を利用した企業の資金調達手段が多様化し、調達コストの削減を図るとともに、資産のオフ・バランス化によって財務体質を向上すべきであると実務界から要望がなされたことから、平成10年に「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」(以下「旧特例法」という。)が制定された。後に旧特例法は改正され(以下、改正後の法律を「動産・債権譲渡特例法」という。)、これにより従来は不可能であった企業の在庫商品と将来債権を同時に担保にとるABL(Asset Based Lending:動産、債権などの流動する事業資産を一体とした担保型融資)のような新しい融資制度の構築が可能となり、今後拡大の様相を呈している。
 しかし、動産・債権譲渡特例法の施行後、例えば租税債権と将来債権の譲渡担保の優劣の判定基準について、国税徴収法の制定趣旨における租税債権の優先を主張する立場と、動産・債権譲渡特例法の成立経緯を背景に資産流動化のための譲渡担保がその契約の時点において優先していると主張する立場とが交錯する場面も見受けられる。
 そこで本研究では、債権回収上想定される諸問題の中でも、動産・債権譲渡特例法によって対抗要件が具備される財産のうち、実務上もっとも多く活用されている集合動産及び集合債権譲渡担保と租税債権との関係を取り上げて考察する。

2 研究の概要

(1) 動産・債権譲渡特例法の制定経緯と動産及び債権譲渡の対抗要件

イ 旧特例法制定前
 旧特例法制定前、債権譲渡の対抗要件については民法467条のみが基準とされていた。即ち、譲受人が債権譲渡の事実を債務者に通知し又は債務者がこれを承諾することが要件とされており(債務者対抗要件)、その通知又は承諾は確定日付のある証書で行われなければ債務者以外の第三者に対抗することができないものとされ(第三者対抗要件)、これら債務者対抗要件と第三者対抗要件の両方を具備することが求められていた。
 また、動産譲渡の対抗要件については引渡しが第三者対抗要件であるところ(民法178条)、権利の移転を第三者に公示するシステムは存在しなかったため、担保財産としては安定性に欠けると考えられていた。
 この結果、動産よりも債権が金融担保の引当てとして重要視される傾向にあり、企業が行う資金調達のための債権譲渡、なかでも集合債権譲渡担保は通常の経済行為として長年実務界に定着していた。

ロ 旧特例法制定後
 旧特例法は、債権譲渡について債務者対抗要件と第三者対抗要件を分離し、商業登記簿に債権譲渡を登記する制度を新設することで第三者対抗要件を予め備えることができることとした。これにより、債権譲渡を通知することから惹起される信用不安を回避しつつ、確実に債権者が自らの譲受人としての優位性を主張することができるようになった。
 しかし、商業登記簿は誰にでも閲覧が容易であったことから、債権譲渡登記の存在自体を根拠とした信用不安の懸念を完全に払拭することができなかったほか、動産譲渡については、その対抗要件を公示する制度の整備を求める要望も止むことはなかった。

ハ 動産・債権譲渡特例法の制定後
 旧特例法に対する実務界からの要望を受け、譲渡登記ファイルと商業登記簿とを分離して別保管としたことのほか、債務者不特定の将来債権譲渡登記を可能にして債権譲渡の要件を緩和するとともに、新たに動産譲渡の公示制度としての登記を新設した動産・債権譲渡特例法が制定されて、企業の資金調達の円滑化・簡便化が図られた。
 今後は、動産・債権譲渡特例法に基づく登記を利用した集合動産及び集合債権を譲渡担保とした金融の利用が拡大していくものと推測されている。

(2) 集合動産譲渡担保及び集合債権譲渡担保と滞納処分との関係

イ 集合動産譲渡担保と滞納処分
 多数の動産の集合体である集合動産を担保財産とする場合、「構成部分の変動する集合動産についても、その種類、所在、場所及び量的範囲を指定するなどなんらかの方法で目的物が特定される場合には、1個の集合物として譲渡担保の目的となりうる」と解されており、判例・通説はこれに従っている(このような見解は集合物論といわれている)。
 例えば「倉庫内の鋼材一切」のような集合動産の特定は、多数ある動産を個々に担保財産とするよりはむしろこれらを一つにくくって特定することで、取引通念上一つの物として観念されている担保財産の評価を安定させ(場合によっては高めさせ)、個々の動産についてそれぞれ対抗要件を具備するよりもはるかに手続を簡便化することが可能となるし、譲渡担保設定者自身による譲渡担保財産の処分が可能となるのである。
 また、譲渡担保権者が集合動産譲渡担保権を実行するに当たっては、集合物論の下で目的物が抽象的に存在したままでは強制執行の対象となる動産はどれであるか判然としないから、実行の対象となる個々の動産を特定するため、構成部分が変動している集合動産を「固定化」する必要がある。「固定化」の時期によって強制執行の対象となる動産は異なってくるが、その時期については、保全管理命令の発令時とするものや倒産手続開始決定時とするものなど学説が分かれている。滞納処分との関係における「固定化」の時期は、滞納処分による差押えが強制執行同様の強力な権限であることにかんがみ、差押えの効力発生時と解することができるのではないかと考えられる。

ロ 集合債権譲渡担保と滞納処分
 上記1(2)イのとおり、集合動産の場合、全体で一個の財産と解されているのに対し、集合債権では将来債権譲渡の有効性が重要視されてきた結果、その対象となる債権は特定された個別の債権の集合であると一般的に解されている。したがって、集合動産の場合のような「固定化」の問題は起こらない。
 また、将来債権譲渡担保契約が締結されると同時に第三者対抗要件が有効に具備されている場合の将来債権の移転時期については、譲渡担保契約締結時とする説と将来債権が現実に発生した時とする説の対立があった。この点につき、将来債権譲渡担保と国税徴収法24条に基づく滞納処分による差押えが競合した事例では、平成19年2月15日最高裁第1小法廷判決(以下「平成19年判決」という。)が、法定納期限等以前に当該債権は国税徴収法24条にいう譲渡担保財産となったと判示して一応の決着をみた。

ハ 動産・債権譲渡特例法と国税徴収法の「登記」についての解釈
 上記1(2)ロのとおり、平成19年判決は将来債権譲渡担保と滞納処分による差押えが競合した場合の一応の決着を示したものの、本事例は動産・債権譲渡特例法の登記を用いて第三者対抗要件を具備した事例ではない。したがって、国税徴収法24条8項及び同法15条2項にいう「登記」が動産・債権譲渡特例法に規定された「登記」と異なるものと解釈すべきであるかどうかについてはいまだ結論が出ておらず、仮に動産・債権譲渡特例法上の「登記」が国税徴収法上の「登記」ではないとの結論に至れば、将来債権譲渡担保と滞納処分による差押えの競合の局面においては平成19年判決とは異なる結論が導き出されることになる。
 旧特例法制定前は、「登記」といえば不動産登記を意味し、これを前提として国税徴収法も私債権と租税債権との調整の基準として同法15条2項及び24条8項において「登記」を用いたようであるから、現在のような動産・債権譲渡特例法上の「登記」がこの基準に該当するか否かの議論は想定外のものともいえる。しかし、動産・債権譲渡特例法の趣旨、一般経済取引における予測可能性、租税法律主義の観点等から、動産・債権譲渡特例法上の登記があれば形式上は租税債権との関係においても当該譲渡担保は有効な第三者対抗要件を具備したものとして取り扱われるべきであろう。

ニ 滞納者がABLを利用している場合の滞納処分
 ABLの拡大は、相当長期間に渡り滞納者の全資産について第三者対抗要件を具備した上で譲渡担保財産とすることを可能とするから、資産流動化に資することが期待されている。しかしその一方で、契約当初に設定した融資枠内で債権額が変動する性質のものであるにもかかわらず、いったん第三者対抗要件を具備してしまえば、法定納期限等を私債権との調整基準とする租税債権には常に優先する場面が想定されることから、租税債権の回収の困難化を招くおそれがある。
 つまり、上記2(2)ハのとおり、滞納者の財産に動産・債権譲渡特例法を利用して法定納期限等より先に第三者対抗要件が具備されている場合、滞納処分が可能となるのは、集合動産であれば「固定化」によって譲渡担保権者に権利が帰属することが確定したもの以外の動産であり、集合債権であれば譲渡担保目的外の債権ということになる。しかし、ABLの契約期間が長ければ、これに準じて将来債権も長期間に渡り譲渡担保目的となっているから、租税債権者にとっては換価価値の面から実益に乏しいものになりかねない。
そこで、ABLが契約期間内に債権額を変動させる仕組みが根抵当権に類似していることにかんがみ、根抵当権の場合における元本確定請求(民法398 条の19)を類推適用して、租税債権者の側から積極的に譲渡担保目的となる集合債権の範囲を確定することによって、滞納処分の効果を高められる可能性があることを提言したい。

3 結論

 動産・債権譲渡特例法を利用した集合動産及び集合債権譲渡担保の第三者対抗要件具備の時点となる「登記」が、租税債権の法定納期限等より早い場合、国税徴収法24条による滞納処分は、実益に乏しくなることが予想される。今後滞納処分を行うにあたっては、形式的には第三者対抗要件を具備した私債権についてもその内容の一層の精査が必要になるとともに、根抵当権の場合における元本確定請求を類推適用する等、新しい対処が必要になってくるのではないか。
 また、このような新しい経済取引に対し、租税債権回収の立場からは従来とは異なる徴収方途で対応することができる可能性がある。例えば、積極的に動産・債権譲渡特例法を租税債権者の側が活用する例として、動産譲渡担保登記を利用した換価の猶予処分や、現在導入が検討されている動産鑑定士の活用等について、今後の更なる検討が必要である。

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