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質問検査権を巡る諸問題
―質問検査に対する受忍義務の履行確保のための方策を中心として―

 
齋藤 文雄

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 我が国の近年の税務調査は、特に国際税務等の分野において、納税者の検査忌避のため課税資料の取得収集が困難となり、課税機会を失うという事態に直面している。
我が国税務行政あるいは税務調査については、従来からその特殊性が指摘されている。第一に、諸外国に比して法定資料制度や納税者番号制度等が不十分なため、質問検査権に重心がかかり過ぎる、第二に、質問検査受忍義務の履行確保手段が間接強制である行政刑罰のため、納税者からのある程度の積極的な協力がなければ税務調査の目的が達成しにくい、そして第三に、質問検査権の実効を担保する行政刑罰は、ほとんど適用されず、有罪となっても極少額の罰金だけで、間接強制としての役割を果たしていないことである。
これらの特殊性についての指摘が事実であれば、検査忌避により課税資料の取得収集ができないという事態を打開するには、行政刑罰以外に質問検査受忍義務の履行確保手段を用意し、検査忌避の継続を困難にすること、そして、質問検査権の行使によらず必要な課税資料を収集できる体制を整備し、検査忌避を意味のないものにすることが有効と考えられる。
本研究は、指摘される我が国税務行政の特殊性を検証し、検査忌避に対して有効な措置を講じられない現状に対して、国内外の制度を参考として、質問検査権の実効性を確保するためのより効果的な手段を探求するとともに、税務調査を含む課税資料収集の全局面を通じた収集体系を検討するものである。

2 研究の内容

 研究は、まず、質問検査受忍義務の履行確保手段としての行政刑罰が機能していない現状を分析した上で、米独両国の税務行政における課税資料収集の諸制度と我が国の税務以外の行政分野における新しい動きを検証し、最後に事態の打開に有効と思われる方策を検討した。

(1) 質問検査受忍義務の履行確保手段としての行政刑罰
質問検査受忍義務の唯一の履行確保手段である行政刑罰が、その機能を果たしていない最大の原因は、法システムの完結性を確保するためだけに利用され、捜査機関や裁判所の事務処理能力が考慮されていないことにある。捜査機関等の事務処理能力の限界は、重大犯罪優先を余儀なくさせるから、この点だけでも、行政刑罰に質問検査受忍義務の履行確保手段としての機能を期待することは困難である。更に、納税者の自発的な協力が不可欠な申告納税制度の下では、検査忌避等の軽微な違反行為について強権的イメージの強い刑罰の適用を求めることは敬遠されがちである。
また、仮に検査忌避罪で有罪とされても、それにより帳簿書類等の不提示状態が解消されることはないから、そもそも行政刑罰は、課税資料の収集を目的とした義務の履行確保手段としては、機能的適性を欠いていると考えられる。
これらの点から、質問検査以外に有力な課税資料の収集方法を持たない我が国の税務行政が、行政刑罰以外に質問検査受忍義務の履行確保手段を備えるとともに、課税資料の収集方法の多様化を図る必要に迫られていることは明らかである。

(2) 米独における税務調査の実効性確保手段―サモンズと強制金
米国では、サモンズが税務調査における課税資料の円滑な収集を可能にしている。しかし、サモンズの強大な威嚇力は、我が国では最高裁判所が認めていない、租税法上の義務の民事執行にあり、それ故、IRS自身も訴訟を前提とした事務負担を考慮し、極力サモンズの使用を控えるよう職員に求めているという実態がある。
一方、ドイツでは、無申告者や税務調査への非協力者に対しては、強制金により繰り返し履行が強制される。なお、強制金が実際に徴収される事例はほとんどなく、やや高めの推計課税との相乗効果により義務が履行されている実態にあるとされる。
両国の税務調査の実効性確保手段は、非刑事的な義務の履行強制手段である点で共通するが、強制金制度は課税庁の手続のみで行使可能な点で評価できる。

(3) 我が国における検査忌避等に対する動向(1)−罰則の強化
我が国では、行政上の非代替的作為義務や不作為義務の多くについて、行政刑罰が履行確保手段として用いられてきたが、近年、行政刑罰の機能不全の状況を打開する新たな動きが出てきている。一つは、行政刑罰の強化、特に法人に対する罰金刑の上限額を引き上げる動きであり、もう一つは、行政上の義務を課す行政主体のみで行使できる義務履行確保手段の強化又は導入の動きである。前者は、行政刑罰の威嚇力のなさを解決する取組みであり、後者は、捜査機関・裁判所の事務処理能力の限界による行政刑罰の機能不全に対処するものである。
税務調査における検査忌避等についても、金融関係法規と同様に、罰金上限額を2億円程度に引き上げるべきとの提言がある。しかし、納税者による租税法上の質問検査受忍義務の不履行は、それにより直接の影響を受けるのが課税権者たる立場の国だけである点において、膨大な数の預金者、投資家の財産の安全にかかわる銀行、証券会社等に対する立入検査とは性格を異にするものである。税務以外の行政調査における検査忌避罪の法定刑との均衡の点からも大幅引上げの余地は少ないと考えられる。また、行政刑罰には、機能的適性や訴訟慣れした大規模法人の刑事責任追及といった面でそもそも問題があることを考慮すると、罰金上限額の引上げは、税務調査における質問検査受忍義務の履行確保手段としてはあまり有効とは思われない。

(4) 我が国における検査忌避等に対する動向(2)−行政手続のみで行使できる義務履行確保手段の強化・導入
義務を課す行政主体のみの手続で行使できる履行確保手段としては、通告処分や交通反則金のような非刑罰的処理、違反事実の公表等の手段が評価されている。しかし、非刑罰的処理は、手続保証の原則から問題が指摘されているほか、確実に履行される手当がなされないと行政刑罰の轍を踏むおそれがある。また、違反事実の公表は、均衡を失した制裁となるおそれがあるため、税務において広範な納税者等が対象となる基本的な義務の履行確保手段として導入するには、十分に評価が定まってからが望ましいが、現状は、地方税の悪質滞納者に対する手段としての事例がわずかにあるだけである。
これに対して、執行罰は、行政機関のみの手続で履行を強制できる自己完結型の手段であり、税務行政においてもドイツでは強制金制度として実績がある点で、質問検査受忍義務の履行確保手段として最も検討に値する制度といえる。戦前の執行罰で問題とされた過料の威嚇力のなさも、罰金刑との均衡にこだわる必要性は乏しいとする考え方の定着により解決され、また、執行罰と刑罰の併科についても問題はないという共通認識が形成されつつある。本来の機能を発揮し得る環境が整ってきたことで、機能不全に陥っている行政刑罰に代わる行政上の義務の履行確保手段として研究者からも期待が強まっている。

(5) 課税資料収集の多様化(1)−米独にみる記録の作成・保存義務とその履行確保手段
課税資料収集方法の多様化については、記録の作成・保存義務が重要である。
一般的な記録の作成・保存義務について、米国は故意に履行しない場合に行政刑罰を科し、ドイツは故意又は重過失による不履行を租税秩序違反に対する過料を科すことで履行を確保している。これは、広範な納税者を対象とする基礎的な義務であることや過去の課税期間分の帳簿不記載については、強制しても不履行の状態が解消するものではなく、過去の不履行に対して制裁を科すことで将来に向かっての義務の遵守を促すしかないという性格に由来するものと考えられる。
更に、移転価格税制に関しては、両国とも、一般的な記録の作成・保存義務とは別に、特定の納税者に対して移転価格に関する記録の文書化義務を課し、提出遅延等を防止するために民事罰又は追徴金を用意している。この履行確保手段は、課税庁の行政手続のみで賦課でき、しかも、納税者が不履行の状態にある義務を履行するまで賦課を繰り返せる高額な制裁金であるという共通点を有する。
両国がよく似た制度を採用しているという事実は、対象となる情報は重要であるが、課税庁の努力では収集が困難であること、そのため、事務負担を納税者に分配する必要があること、そして、義務の速やかな履行実現に主眼を置いた強制手段が不可欠であり、その強制手段である制裁金は相当高額でなければならないということを窺わせる。

(6) 課税資料収集の多様化(2)−米独の更正の時効
租税法上の各種義務の速やかな履行を促し、また、十分な調査時間の確保を可能にしている米独の更正の時効制度は、更正等を行うことのできる期間を除斥期間とする我が国と大きく異なり、課税資料収集のための補助的履行確保手段として検討に値するものである。
特に、税務調査に着手した場合には、必要な書類の提出を受け、その検査が終了するまで時効を延長できる制度は、調査時間の十分な確保だけでなく、いたずらな調査の引伸ばしを回避できる点で、大きな効果が期待できる。

3 結論

 適正公平な課税を実現するためには、課税資料の収集が税務調査に偏りすぎることのないよう、税務調査以外の局面でも課税資料を収集できる体制を整備し、それに適した履行確保手段を設けることが重要であると考える。

(1) 質問検査受忍義務の履行確保手段
質問検査受忍義務の履行確保手段としては、金銭の賦課のみによる強制金制度の導入が検討されるべきである。税務行政の場合、強制金の収納確保のための強力な徴収機構を有しており、他の行政分野に比して強制金を徴収しやすいことが、この制度の威嚇力を高める要因として働くと考えられる。
強制金制度による非犯罪化は、米国税務行政の民事罰を中心とした制度やドイツの租税秩序違反の過料制度とも共通するところがあり、単に課税庁側の手続的簡便さや事務負担軽減の要請に応えるだけでなく、租税法上の各種の義務違反に対して刑罰を賦科することに対する刑事法学の立場からの批判にも対応するものである。
なお、強制金の決定に当たっては、ドイツのように強制金に代えて、不合理でない範囲で最も納税額の大きくなる推計課税を行うことも考えられる。その場合、効率的な推計課税のために、国税総合管理システム(KSK)により収集された申告データ等からの統計に基づき、事業内容、売上階層等ごとの課税所得金額、税額等を把握し、税務調査において納税者が課税資料の取得収集に応じず、実額により申告額の正当性を立証しなかった場合は、その統計値を用いて更正又は決定を行う、というような仕組みが検討されるべきと考える。

(2) 課税資料収集方法の多様化とその履行確保手段
経済取引はボーダーレス化し、情報技術は更なる進展が予感され、訴訟社会は実感できるところまで到来しつつあり、その一方で国家公務員の削減が進められている現状では、課税資料の取得収集についても、従来のように質問検査権の行使に重点を置き過ぎた体制では、今後対応しきれなくなることが予想される。その点において、記録の作成・保存義務、情報申告義務等をそれらの義務の履行確保手段とともに整備し、課税資料収集に係る事務負担の納税者への分配を進めることも重要である。そして、その場合には、更正等の期間制限について、租税法上の各種の義務の履行を促し、かつ、適正な税務調査期間を確保する手段としての機能を持たせることも有効と考える。

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