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消費税の複数税率化を巡る諸問題

 
望月 俊浩

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的、問題点等

 わが国の消費税は、平成元年に3%の税率で導入された後、平成9年4月に4%に引き上げられ、現在に至っている。この税率は、ヨーロッパ等の諸外国と比較すると低い水準にあり、また、将来的な財政需要等といった点を考慮すると、消費税の税率引上げの議論は、今後、避けては通れない問題である。
消費税の税率引上げが議論される場合には、税率引上げに伴う、いわゆる「所得に対する逆進性」を緩和するため、生活必需品等に軽減税率を導入するといった消費税の複数税率化が問題となる。
複数税率を導入する場合には、現行消費税の諸制度にどういった影響を及ぼすかという問題がある。また、課税庁、事業者双方にとって事務負担の増大等の影響も大きいと考えられる。
 そこで、本稿では、消費税が複数税率化された場合に、現行消費税の制度面及び執行面にどういった影響を及ぼすかという点を中心に考察を行う。

2 研究の過程等

 複数税率に対する税制調査会等の考え方及び諸外国における税率構造等を踏まえ、複数税率化が現行消費税の制度面及び執行面に与える影響について、次の点を中心に検討した。

(1) 仕入税額控除
 複数税率の下では、仕入税額控除を正確に行うためにインボイス方式の導入が必要であるという意見が多い。インボイス方式ではインボイスに記載された税額を仕入税額控除の対象とすればよいためである。しかし、インボイス方式には、1事業者にとってはインボイスの発行及び保管、課税庁にとっては課税事業者の管理といった事務負担が増大する、2免税事業者からの仕入れが控除できないために免税事業者が取引から排除されるおそれがあるという問題点がある。特に免税事業者の取引排除の問題はインボイス方式の大きな問題点である。インボイス方式を採用する場合はこの問題をやむを得ないものと割り切ることとなる。
 現行の請求書等保存方式では複数税率化に対応できないのであろうか。インボイス方式のメリットは前段階に課されていた税額を正確に把握することができるという点にある。この点に着目すれば、請求書等保存方式であっても請求書等の記載事項に税額又は税率を追加するといった改正を行えば、軽減税率の採用にも対応できるのではないだろうか。
 なお、EUでは取引の電子化の進展に伴い、付加価値税指令を改正し、インボイスの規定を電子インボイスに対応したものとしている。仕入税額控除の方式を検討する際には、電子化への対応についても検討する必要がある。

(2) 事業者免税点制度
 軽減税率と標準税率との間に所定の差がある場合には、売上げが軽減税率対象のもの、仕入れが標準税率対象のものである事業者にとって、経常的に還付が発生することとなる。こういった事業者は、本来、免税事業者であったはずの者が課税選択し、課税事業者とならなければ還付は受けられないこととなる。そのため、中小事業者の事務負担軽減のために設けられた事業者免税点制度が機能しないこととなる。
仮に食料品に軽減税率を適用すれば農家等の業種が該当することとなるが、これらの業種は小規模な事業者が多く、ほとんどの者が課税選択をしなければ課税事業者にならないという問題がある。軽減税率が適用される課税資産の譲渡等を行う事業者にとっては、事業者免税点制度が意味のないものになってしまう。事業者免税点の水準を引き下げることにより、ある程度の対応は可能であるが、根本的な解決にはならないこととなる。

(3) 簡易課税制度
課税売上げと課税仕入れに適用される税率が異なる場合には、売上げと仕入れの両面における適用税率の区分ごとの割合をも考慮しなければ、適切なみなし仕入率を設定することが困難となるため、事業の区分及びみなし仕入率が非常に細分化する。その結果、制度が非常に複雑化し、簡易な制度とは言えなくなる可能性がある。しかし、簡易課税制度が中小事業者の納税事務負担を軽減するために設けられたという趣旨からは複雑な制度は避ける必要がある。
 一方で軽減税率を採用した場合には事業者の納税事務負担は増えざるを得ないこととなるため、中小零細事業者に対して何らかの納税事務負担の軽減措置は必要であると考える。
したがって、簡易課税制度のような簡素な方式は、1これ以上複雑な制度とはしない、2対象者を真に必要な事業者に限定する、といった前提で存続させるべきであると考える。
なお、中小零細事業者に限定した簡素な制度という面では現行の制度にとらわれず、さらに簡素な制度であってもよいのではないかと考える。

(4) 事務負担という影響

イ 税率の区分
 軽減税率が採用された場合には、取引を標準税率の財・サービスと軽減税率のものとに区分する必要がある。事業者はその区分を適切に行わなければならない。課税庁にとっても個々の取引について、税率の適用関係を明らかにしていかなければならない。特に新しい形態の取引が発生した場合には速やかな対応が要求される。過去の物品税のような課否判定事務といったことが増大する。税務調査においても税率の検証が必要となる。
 軽減税率を採用している一部の国では個々の財・サービスに適用される税率を政府のホームページに登載している例がある。軽減税率を導入する場合には、納税者の利便という観点からこういったシステムを採用することも検討すべきではないかと考える。

ロ 還付
 (2)で述べたとおり、従来は免税事業者であった事業者が還付を行うために課税事業者を選択し、還付申告書を提出することとなる。その処理に要する課税庁の事務負担は大きいものとなる。食料品に軽減税率を適用した場合には、農家が還付申告を行うという可能性がある。現在では、農家のほとんどが免税事業者であると思われるが、これらの者が還付申告書を提出することとなる。
農家にとっても、還付申告を行うためには日々の記帳を行い、税額の計算を行うという事務負担を負うこととなる。農家にとっては、還付のために課税事業者を選択するか、事務負担の増大を避けて課税事業者の選択をしないかという選択が求められる。課税事業者を選択せず、免税事業者となれば、仕入れに課された税額を農家自らが負担しなければならないという場合も想定される。

3 結論

 複数税率を採用した場合は、消費税制度は現行と大きく変わることとなる。まず、仕入税額控除の方式が問題となる。仕入税額控除を的確に行うためには、前段階で課された税額を記載した書類が必要となる。しかし、EU型のインボイス方式では免税事業者の取引排除の問題がある。そのため、現行の請求書等保存方式の請求書等の記載事項に税額又は税率を追加するといった改正が考えられる。もちろんインボイス方式の導入も考えられる。公平性等と現実面との比較考量の問題となろう。次に中小事業者向けの特例措置である。税率の差が還付申告を増大させるという問題点については、当面の対応として事業者免税点の水準を引き下げることが考えられる。税率の差が簡易課税制度のみなし仕入率を複雑化させるという問題があるが、簡易課税制度のような制度は、その設けられた趣旨を鑑みると、何らかの形で存続すべきであると考える。
軽減税率の採用は、現行の消費税制度に大きな影響を与え、制度全体を複雑化させることとなる。そのため、事業者及び課税庁双方の事務負担が増大することとなる。負担軽減という観点からの諸措置を設けることも必要である。同時に執行体制の大幅な見直しが必要になろう。
これらの問題はいずれもが密接に関連している。したがって、軽減税率の採用を検討する場合には、税率の問題だけではなく消費税制度全体を俯瞰した議論が必要である。

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