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審判の対象物としてのIRSの調査手続
−米国における納税者権利保護の実態の一端−

 
百瀬 智浩

税務大学校
研究部教育官


はじめに

米国では、昨年(1998年)7月、広範な内容にわたる「IRS改革法(IRS Restructuring and Reform Act of 1998)」が成立した。同法の中心をなすのは、税務訴訟における挙証責任(burden of proof)を一定の条件下で(1)納税者からIRS(Internal Revenue Service)に転換する条項(同法第3001条)を柱とする、納税者の権利保護強化規定である。
他方、米国が「包括的納税者権利憲章(Omnibus Taxpayers' Bill of Right)」を制定したのはIRS改革法のちょうど10年前、1988年である。議会はその後、1996年の「納税者権利憲章2(Taxpayers' Bill of Right 2)」、1997年の「納税者救済法(Taxpayers' Relief Act of 1997(納税者権利憲章3(Taxpayers' Bill of Right 3))」(2)と納税者の権利保護に関する立法措置を矢継ぎ早に拡充してきたが、何故ここで更にIRS改革法なのか。これは、共和党による強力なIRS攻撃キャンペーンがあったにしろ、過去の立法措置の全てが納税者の権利保護改善のために有効に機能してきた訳ではないことの証左と思われる(3)。では、今般の「挙証責任の転換」は有効な救済となり得るのだろうか。
米国では、税務訴訟における挙証責任の配分ルールについては、「証拠との距離(access to evidence)」を第一の要因として、納税者に挙証責任を課すのは、自己賦課(self assessment)に基づく所得課税制度を維持する以上、むしろ当然とする考え方が広く支持されている。この点は、古くは1925年、租税裁判所(U.S.Tax Court)の前身である租税不服委員会(Board of Tax Appeals)(4)がその手続規則を制定する際の下院公聴会での証言にみられるほか(5)、判例上もしばしば言及されており(6)、現在に至るまで、政府サイドだけでなく学者・実務家からも支持されているところである(7)
IRS改革法の挙証責任転換条項に対しても、法案段階において、これに反対する立場から、「転換条項は、個人的事項により介入する(intrusive)調査を助長し、召喚状(summons)の多用と訴訟におけるより広範な開示手続(discovery)を招くだけで、納税者の利益にはならない、むしろ反する」という指摘が学者・実務家からなされており(8)、さらに、「転換条項は、かえってIRSの不充分な調査による不足税額決定(deficiency determination)を助長する」という指摘や(9)、「転換条項は、自己賦課に基づく所得課税制度を崩壊させるものだ」との警告もある(10)
他方、転換条項を支持する意見には、余り説得的な主張はみられない(11)。しかも、転換条項には大きな制約(12)が付けられたため、これが、実際に、議会が当初に意図したとおりに機能するかどうかも疑問視されている(13)
それにもかかわらず転換条項が圧倒的多数で通過したのは、共和党のIRS攻撃キャンペーンとマスコミのIRSバッシングが効いて、実際の効果はどうであれ、表面上IRSの仕事を増やすようにみえる法案に反対するような雰囲気は議会にはなかったということによると思われる(14)
このように、「挙証責任をIRSに転換することが、納税者の権利保護を促進する(挙証責任を課す、そのこと自体が納税者の権利を害している)」という考え方が一定の理論的根拠を持って支持されているとは考えられないし、挙証責任転換条項が納税者権利保護の切り札となることもないと思われる。
他方、米国では、納税者の権利保護に関して、従来から指摘されていながら今般のIRS改革法でも結局手をつけられなかった、挙証責任配分ルールとは別の、訴訟上の問題点がある。これを検証するのが本稿の目的である。
日本における納税者の権利保護の在り方を考える上で、米国の実態を知ることには何らかの示唆があると考える。
以下、第6章までの叙述は、基本的に、Mary Ferrariの論文「“WASBLIND,BUT NOW I SEE”(OR WHAT'S BEHIND THE NOTICE OF DEFICIENCY AND WHY WON'T THE TAX COURT LOOK?)」(15)によっており、引用個所の表示は省略した(16)
Ferrariは、納税者の権利保護に関する訴訟上の主要な問題は、IRSによる行政上の不足税額決定手続が司法による監視の対象とされていない点にあるとする。これは、具体的には、「納税者と全く接触することなく一方的に行われ、その根拠も納税者に開示されない不足税額決定」や「調査未了のままで、除斥期間(statue of limitation)の経過を回避するためにのみなされる不足税額決定」を、租税裁判所が有効(valid)と判断していることに現れている。
Ferrariは、これらは、租税裁判所の次の様な方針がもたらす結果であるとする。即ち、租税裁判所は、不足税額通知書(notice of deficiency)に不足税額の決定理由を記載すべきことを要求せず、また、行政上の不足税額決定手続を審判の対象としない(not look behind the notice of deficiency)。
Ferrariは、納税者と租税裁判所を結びつける唯一の文書である「不足税額通知書」(17)に焦点を当てて、これらの方針についての租税裁判所の立場とこれらの方針が納税者にもたらす問題とを判例から検証し、問題の解決に向けて提言を行っている。

〔注〕

(1) 納税者が、その者の所得税債務を確認することに関連する信憑性ある証拠 (credible evidence)を提出した場合には、争点事実に係る挙証責任は、IRSに転 換される(IRS改革法3001条)。要件は次の3点である:

1 歳入法典(Internal RevenueCode)と財務省規則(Treasury Regulation)の実体化(substantiation)規定を遵守すること(例えば、寄付金控除には受領団体からの受領書が必要とされる(第170条(f)(8))。)

2 歳入法典と財務省規則が要求する記録を保存すること

3 面会(meetings)、面接(interviews)、証言、情報及び文書に関して.IRSの合理的な(reasonable)要求に協力すること
個人以外の納税者には、他に純資産要件がある。3の協力要件を満たすためには、納税者は、行政救済を尽くさなければならない。
規定の概要は、次を参照:Manning&Windish,The IRS Restructuringand Reform Act:AnExplanation,July6,1998 Tax Notes 83 at 91
また、従前の挙証責任ルールについては、第3章第2節・第7章を参照。本文に戻る

(2) これらの概要については、infra note121参照。本文に戻る

(3) 例えば、次を参照:Hirsh,Behind the IRS Curtain,Oct.6,1997 Newsweek US ed.本文に戻る

(4) 租税裁判所が租税不服委員会を引き継ぐ形で設立されたのは1942年、一行政機関から合衆国憲法第1条に根拠を置く独立の特別裁判所とされたのは1969年である。本文に戻る

(5) Hearing on Revenue Revision.1925,Befbre the House Comm. on Ways and Means−69 Lh cong.,1th sess.907(1925).租税不服委員会の初代メンバーIvinsは、「納税者が関連証拠を有していること」と「納税者が訴訟の提起者であること」の2点を挙げ、「IRSが挙証責任を負うことになれば、それは、所得税法を廃止して納税者に寄付を請うのに等しい」と述べている。証言の概要は、以下を参照:Martinez.infra note 40 at 273;Moran,infra note 40,note 57;Dubroff infra note 40,note 162,163本文に戻る

(6) 例えば、Rexachv.Commissioner(以下CIRと表記する。),482F2d 10,1st Cir.1973参照(「納税者は関連情報によりアクセスしやすいこと」・「歳入法典が規定する記録保存義務を促進すること」と表現している)。同判決は、他に、1納税者が訴訟の提起者であること、2行政行為は適法と推定されること(the presumption of administrative regularity)の2点を挙げている。
この他.「租税裁判所の不足税額訴訟は、地方裁判所(District Court)・請求裁判所(Claims Court)における還付金請求訴訟(refund claim suite)の代替手段を納税者に与える、いわば恩恵に属する事項(matter of grace)であるから、本則と異なる扱いをするいわれはない」とするものがある(Rockwell v.CIR,512 F2d 882(9th Cir.1975)(同判決は、併せて「証拠との定巨離」も述べている)。還付金請求訴訟では、コモンローの訴訟原因である「不当利得金返還請求」に倣って、これを求める当事者(納税者)が挙証責任を負うと説明される(Martinez.infra note 40 at 267)。本文に戻る

(7) infila note 8.税務訴訟における挙証責任については、以下を参照:Martinez他,infra note 39;(特に、Martinezは、税務訴訟で納税者に挙証責任を課すことの正当性を多岐にわたって論証している)。本文に戻る

(8) 例えば、次を参照:NYSBA Urges Slowdown of Burden−Shif Express.Nov.3, 1997 Tax Notes 619;NYSBA Opposes Bul・denofProofShift,Apr,6,1998Tax Notes125;Wolfman.Reject Burden−of−Proof Shift, UrgesTax Prof,Feb.9,1998 Tax Notes753;Tax Profs Urge Rejection of Burden−of -Proof Shift,Feb.9,1998 Tax Notes 755;Burden of Proof Shift Worries Tax Professors From Coast to Coast.Nov.3.1997 Tax Notes 623;Dellinger,A Substitution for Shifting the Burden in Ordinary Tax Disputes,Dec.15,1997 Tax Notes 1281.
また、AICPAは、下院歳入委員会の監視小委員会における証言で、転換条項への反対を表明している(Hearing on the Recommendation of the National Committee on Restructuring the IRS on Taxpayer Protection and Right, Testimony before Subcommittee on Oversight of the House Committee on Ways and Means(Sept.27,1997)。本文に戻る

(9) Lederman.Unbreseen Consequence of The Burden of Proof Shift,July 20、1988 Tax Notes 379(infra note 116参照)本文に戻る

(10) sheppard,Shifting the Burden or Just Shifting the Blame?,Oct,27.1997 Tax Notes 484本文に戻る

(11) 例えば、以下を参照:Avery,Support for Burden of Proof Shift,Apr.27.1998 Tax Notes 493;Long,Burden of Proof Shift:Tom Jeffbrson Would Be Proud,Nov.31997 Tax Notes 625;Lee,Ta x Professionals Lick Chops in Anticipation of Burden of Proof Shift,Nov.3,1997 Tax Notes 622本文に戻る

(12) supra note1.これらの要件を満たしていることの挙証責任は納税者が負う。本文に戻る

(13) 例えば、次を参照:Lederman,supra note 9本文に戻る

(14) 例えば、以下を参照:Howard&O'donnell.Taxing Times,July 20,1998 Newsweek US ed.;川田剛「IRSバッシング」国際税務vol.18−1(1998)
また、そもそも、挙証責任転換条項導入推進の中心人物は、民主党下院議員 James Traficant(Ohio)であった(Oct.20,1997Tax Notes 265参照)。本文に戻る

(15) 55 Albany Law Review407(1991)本文に戻る

(16) 引用判決文中の「長官(the commissioner of IRS)」は、すべて「IRS」に置き換えている。また、歳入法典は、法典名の記載を省略した(例えば、第7522条は、歳入法典第7522条を表す〉。本文に戻る

(17) 第1章参照本文に戻る

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