徴徴4−11
昭和51年11月20日

国税局長 殿
沖縄国税事務所長 殿

国税庁長官

 船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(昭和50年法律第94号。以下「責任制限法」という。)又は船舶油濁損害賠償保障法(昭和50年法律第95号。以下「油濁保障法」という。)の適用を受ける債権に関して、責任制限法又は油濁保障法に基づく責任制限手続開始の申立てがあった場合における滞納処分について、下記のとおり定めたから、これにより取り扱われたい。

(注) 責任制限法は、船舶の事故等により生じた損害についての船舶所有者等の責任を制限するための手続を定めたものである。また、油濁保障法は、船舶に積載された油によって船舶油濁損害(油濁保障法第2条第5号の4)が生じた場合の船舶所有者の責任を制限するための手続として、責任制限法の特例を定めたものである。

 なお、下記の取扱いについては、法務省(大臣官房租税訟務課。なお、責任制限法第33条に定める基金の還付請求権又は取戻請求権の差押手続等については、民事局商事課。)と協議済みであるので念のため申添える。

1 責任制限手続と滞納処分の関係等

(1) 責任制限法又は油濁保障法に基づく責任制限手続(以下「責任制限手続」という。)の開始の申立て(責任制限法にあっては、責任制限手続の拡張(責任制限法第3章第4節)を含む。)又は開始決定があった場合においても、滞納処分(滞納処分のための訴訟手続を含む。以下同じ。)は妨げられない(責任制限法第23条第1項、同法第37条第2項、油濁保障法第38条参照)。
 なお、滞納者が責任制限手続開始の申立てをした者(以下「申立人」という。)である場合における基金(責任制限法第33条)の原資となる財産に対する滞納処分に当たっては、徴収上支障がない限り、責任制限手続を阻害することのないよう十分に配意すること。

(注)

1 責任制限手続開始の申立てをすることができるのは、責任制限法においては、船舶所有者等(責任制限法第2条第2号)、救助者(同法第2条第2号の2)又は被用者等(同法第2条第3号)であり、油濁保障法においては、タンカー所有者(油濁保障法第2条第5号、法人であるタンカー所有者の無限責任社員を含む。以下同じ。)、一般船舶所有者(同法第2条第5号の2)及び保険者等(同法第2条第9号)である(責任制限法第17条第1項、油濁保障法第38条)。

2 基金とは、責任制限手続開始の申立てをした者が、裁判所の命令に従って供託した責任限度額に相当する金銭並びに供託されたその金銭に付される利息をいう。

3 次に掲げる場合には、滞納処分により差し押さえた債権の取立てのための手続が制限されることに留意する。

(1) 訴訟手続の中止命令があった場合
 責任制限法第47条第5項又は油濁保障法第38条によって届出があった債権について、当該債権に関する債権者(差押債権者を含む。)と申立人又は受益債務者(以下「申立人等」という。)との間に係属する訴訟手続は、中止の決定の取消し(責任制限法第23条第2項、油濁保障法第38条)がされるまで、又は責任制限手続廃止(責任制限法第82条、油濁保障法第38条)若しくは開始決定の取消しの決定が確定するまでの間中止される(責任制限法第64条、油濁保障法第37条)。

(2) 強制執行等の中止命令があった場合
 滞納者が制限債権者である場合において、滞納者が有する制限債権を差し押さえた国が当該債権に基づいて行う申立人等の財産に対する強制執行等(強制執行、仮差押え、仮処分及び担保権の実行としての競売の手続をいう。)は、責任制限手続開始決定までの間中止される(責任制限法第23条第1項、油濁保障法第38条)。

(3) 責任制限手続開始の決定があった場合
 滞納者が制限債権者である場合においては、当該制限債権を差し押さえた国は、責任制限手続内においてのみ弁済を受けることができる(責任制限法第33条後段、同法第76条、油濁保障法第38条)。

(2) 責任制限手続については、責任制限法及び油濁保障法に特別の定めがある場合を除き民事訴訟法の規定が準用される(責任制限法第11条、油濁保障法第38条)。

(3) 滞納者の有する制限債権を差し押さえた場合には、取立権に基づき当該制限債権の届出を行うことができる。


2 責任制限手続開始の申立て等があった場合の処理

(1) 保全措置等

イ 責任制限手続開始の申立てがあった場合においても、当該申立てがあった旨の税務署長(国税局長を含む。以下同じ。)に対する通知はされないことから、船舶にかかわる事故に関する新聞報道等に注意するなど、責任制限手続開始の申立てに伴う事後の手続において保全措置に欠けるところのないよう十分配意する。

ロ 責任制限手続に利害を有する者(以下「利害関係人」という。)は、責任制限申立ての関係の書類を裁判所において閲覧することができる(船舶所有者等責任制限事件手続規則第9条)。
 したがって、滞納者が有する制限債権、供託金還付請求権(2の(3)のロ参照)、供託金取戻請求権(2の(4)のイ参照)を差し押さえた税務署長は、当該制限手続についての利害関係人となることから、当該税務署長は、裁判所において、申立て関係書類を閲覧し、知れている申立人等及び制限債権者を把握(責任制限法第18条、油濁保障法第38条、船舶所有者等責任制限事件手続規則第1条第2項及び油濁損害賠償責任制限事件等手続規則第5条参照)した上で、自署分以外の知れている申立人等又は制限債権者の納税地を所轄する税務署長に所要事項について連絡する。
この場合において、差押えを行った税務署長及び当該税務署長から連絡を受けた税務署長は、必要に応じて、速やかに保全措置等所要の措置を講ずることとする。

ハ 責任制限手続開始の申立て後において、新たに判明した受益債務者及び制限債権者がある場合並びに責任制限手続拡張の申立てがあった場合には、ロに準じて処理する。

(2) 責任制限手続の対象となる債権の範囲
 責任制限法に基づいて船舶所有者等、救助者若しくはこれらの被用者等が責任を制限することができる債権、又は油濁保障法に基づいてタンカー所有者又は一般船舶所有者等(以下「タンカー所有者等」という。)若しくは保険者等が責任を制限することができる債権は、船舶の運航若しくは救助活動等に関連して生ずる損害(以下「航行損害」という。)に係る損害賠償債権又は油濁損害に係る損害賠償債権に限られること(責任制限法第3条第1項、同条第2項、油濁保障法5条1項)、及び次に掲げる債権は責任制限法又は油濁保障法の適用が排除されることから、第三債務者である申立人等につき、責任制限手続開始の申立て若しくは責任制限手続拡張の申立て又はこれらの決定があった場合においても、滞納者の申立人等に対して有する債権が責任制限法又は油濁保障法の適用を受ける制限債権に当たるかどうかについて調査する必要がある。

イ 責任制限法に基づく責任制限手続が排除される債権

(イ) 船舶所有者等若しくは救助者又は被用者等の故意により、又は損害の発生のおそれがあることを認識しながらした自己の無謀な行為によって生じた損害に基づく債権(責任制限法第3条第3項)。

(ロ) 国内の各港間のみを航海する日本船舶によって運送されるために当該船舶上にある者の生命又は身体が害されることによる損害に基づく債権(責任制限法第3条第4項)。

(ハ) 海難救助又は共同海損の分担に基づく債権(責任制限法第4条第1号)

(ニ) 船舶所有者等の被用者等でその職務が当該船舶の業務に関するもの又は救助者の被用者等でその職務が救助活動に関するものの使用者に対して有する債権及びこれらの者の生命又は身体が害されることによって生じた第三者の有する債権(責任制限法第4条第2号)

(ホ) 原子炉の運転等により生じた原子力損害に基づく債権(原子力損害の賠償に関する法律第4条第3項)

ロ 油濁保障法に基づく責任制限手続が排除される債権

(イ) タンカー所有者の故意により、又は損害の発生のおそれがあることを認識しながらした自己の無謀な行為により生じたタンカー油濁損害(油濁保障法第2条第6号)に基づく債権(油濁保障法第5条ただし書)。

(ロ) 戦争、内乱又は暴動により生じた船舶油濁損害に基づく債権(油濁保障法第3条第1項第1号、同法39条の2第1項第1号)。

(ハ) 異常な天災地変により生じた船舶油濁損害に基づく債権(油濁保障法第3条第1項第2号、同法39条の2第1項第2号)。

(ニ) 専ら当該タンカー所有者及びその使用する者以外の者の悪意により生じた船舶油濁損害に基づく債権(油濁保障法第3条第1項第3号、同法39条の2第1項第3号)。

(ホ) 専ら国又は公共団体の航路標識又は交通整理のための信号施設の管理の瑕疵により生じた船舶油濁損害に基づく債権(油濁保障法第3条第1項第4号、同法39条の2第1項第4号)。

(3) 制限債権者に対する滞納処分
 滞納者が制限債権者(制限債権を取得した場合を含む。以下この項において同じ。)である場合には、国は、当該滞納者が申立人等に対して有する制限債権(以下、この項において「 基本債権」という。)を差し押さえし、その旨を裁判所に届け出ることによって責任制限手続内において配当を受けることができるが、この場合には、なお、次に留意する。

イ 基本債権に基づいて責任制限手続内において配当を受けようとする場合には、責任限度額に相当する額の金銭の供託(以下「供託」という。)の有無及び責任制限手続の開始決定の前後を問わず、滞納者が有する基本債権を差し押さえる。

(注) 基本債権の差押えに当たっては、当該債権の消滅時効の中断等の措置について十分配意する。

1 責任制限法が適用される制限債権については、当該責任制限手続への参加により時効は中断する(責任制限法第54条)。

2 タンカー油濁損害(油濁保障法第2条第6号)に基づく損害賠償請求権は、その損害が生じた日から3年以内に裁判上の請求(責任制限手続開始の申立て及び当該手続への参加を含む。以下同じ。)がされないとき、又は油濁損害の原因となった最初の事実が生じた日から6年以内に裁判上の請求がされないときは、除斥期間の経過により消滅する(油濁保障法第10条)ことに留意する。

ロ 基本債権を差し押さえる場合において、既に基金として金銭が供託がされているときには、当該基金の還付請求権(以下「還付請求権」という。)を併せて差し押さえることとする。
 なお、基本債権の差押え後に供託がされた場合には、基金の形成後遅滞なく還付請求権の差押えを行うこととする。

(注) 滞納者が有する還付請求権を差し押さえる場合には、当該差押えに併せて基本債権を差し押さえることとする。

ハ 還付請求権の差押えは、第三債務者である供託官に債権差押通知書を送達することにより行う。
 この場合には、滞納者に差押調書謄本を送達するほか、責任制限手続に係る管理人に対しても還付請求権を差し押さえた旨を通知するものとする。
なお、還付請求権を差し押さえる場合の差押債権の表示は、例えば、「滞納者何某が有する下記責任制限手続に係る基金の還付請求権」とし、1責任制限手続を所轄する裁判所、事件番号及び2基金の供託年月日、供託番号、供託金額を併記して差押債権を特定する。

ニ 基本債権を差し押さえた場合において、滞納者がまだ責任制限手続への参加の届出をしていないときには、基本債権の差押えに併せて、取立権に基づく当該参加の届出を行うものとする。

(注) 責任制限手続への参加の届出は、当該手続の開始決定の日から1か月以上4か月以内で裁判所の定める期間内に行わなければならない(責任制限法第50条第1項、同法第27条第1項)ことに留意する。

ホ 基本債権を差し押さえた場合において、滞納者が既に責任制限手続への参加の届出をしているときには、責任制限法第52条に準じて、基本債権を差し押さえた旨を裁判所に届け出ることとする(責任制限法第52条、油濁保障法第38条参照)。

(4) 申立人に対する滞納処分

イ 滞納者が責任制限手続開始の申立人である場合において、当該滞納者が裁判所の供託命令に基づいて供託しているとき(供託委託契約(責任制限法第20条)に基づき受託者が供託した場合を除く。)には、当該申立てが棄却(責任制限法第25条、油濁保障法第38条)された場合又は開始決定の取消し(責任制限法第31条、油濁保障法第38条)若しくは廃止(責任制限法第82条、油濁保障法第38条)の決定があった場合における基金として供託された金銭の取戻請求権(以下「取戻請求権」という。)を差し押さえることができる。

(注) 責任制限手続開始決定の取消し又は手続廃止の決定があった場合における取戻請求権の行使は、当該取消し又は廃止の決定が確定した後1か月を経過した後でなければすることができない(責任制限法第32条、同法第89条、油濁保障法第38条)ことに留意する。

ロ 取戻請求権の差押手続は(3)のハに準じて行う。

(5) 制限債権を弁済した申立人等に対する滞納処分
 制限債権を弁済した申立人等は、当該弁済の限度において、制限債権者として責任制限手続に参加することができる(責任制限法第47条第2項、油濁保障法第38条)。
したがって、当該滞納者が責任制限手続外において、制限債権を弁済している場合で、当該滞納者が申立人である場合は(3)又は(4)に準じて、受益債務者である場合には(3)に準じて処理する。

(6) 船舶先取特権との関係
 制限債権者は、その制限債権につき、事故に係る船舶、その属具及び受領していない運送賃の上に船舶先取特権を有するが(責任制限法第95条第1項、油濁保障法第40 条第1項)、責任制限手続開始決定後においては、当該開始決定の取消し又は手続廃止の決定の確定したときを除き(責任制限法第95条第4項、油濁保障法第40条第4項)船舶先取特権を行使することはできない(責任制限法第33条後段、同法第76条、油濁保障法第38条)。
したがって、責任制限手続開始決定後においては、当該開始決定の取消し又は手続廃止の決定が確定していない限り、船舶先取特権について顧慮することなく、差し押さえた事故に係る船舶、その属具及び受領していない運送賃の換価手続(債権の取立てを含む。)を進めて差し支えない。

(注) 船舶先取特権は発生後1年で消滅する(責任制限法第95条第3項、油濁保障法第40条第3項、商法第847条第1項)が、右消滅前に責任制限手続開始の決定があり、その後に当該開始決定の取消し又は手続廃止の決定が確定したときは、当該取消し又は廃止の決定の確定後1年を経過した時に消滅するとされている(責任制限法第95条第4項、油濁保障法第40条第4項)ことに留意する。

3 国際基金に対する補償の請求

 油濁損害に係る被害者は、損害賠償債権について、油濁保障法第15条第1項に基づき、保険者等に損害賠償額の支払を請求すること及び責任制限手続内で配当を受けることができることのほか、油による汚染損害の補償のための国際基金の設立に関する国際条約(以下、「国際基金条約」という。)第4条第1項の規定に基づき、国際基金に対し、賠償を受けることができなかった油濁損害の額について補償を求めることができる(油濁保障法第22条)。
なお、国際基金に対し補償を求めることのできるものが滞納者である場合において、国際基金の代理人が日本国内に置かれた場合には、滞納者が国際基金に対して有する補償請求権の差押えが可能であると解される(この場合には、当該代理人に差押通知書を送達する。)が、国際基金に対する補償請求権を差し押さえる必要があるときには、当分の間、事前に国税庁長官あて上申することとする。