留置権

(留置権の種類)

1 法第21条の「留置権」とは、民法第295条《留置権の内容》に規定する民事留置権のほか、商事留置権である代理商の留置権(商法第31条、会社法第20条)、商人間の留置権(商法第521条)、問屋の留置権(同法第557条)、運送取扱人の留置権(同法第562条)、運送人の留置権(同法第574条)及び船舶所有者の留置権(同法第756条、第741条第2項)をいう。

(注)

1 民事留置権
民事留置権とは、他人の物の占有者が、その物に関して生じた債権を有する場合において、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる権利をいう(民法第295条第1項本文)。
なお、民事留置権については、次のことに留意する。

(1) 物に関して生じた債権とは、物と関連のある債権をいい、債権が物自体より発生した場合又は債権が物の引渡義務と同一の法律関係若しくは事実関係より発生した場合のその債権が、これに当たる。
前者の例としては、物の契約不適合による損害賠償請求権、物に加えた費用の償還請求権があり、後者の例としては、物の売買代金債権、物の修繕料債権がある。

(2) 他人の物とは、債権者(留置権者)以外の者の所有物をいい、債務者の物に限らず、第三者の物も含まれる。

(3) 債権が弁済期にない間は、留置権は発生しない(民法第295条第1項ただし書)。
なお、同法第137条《期限の利益の喪失》及び破産法第103条第3項《弁済期の到来》の規定による場合や特約により期限の利益を失う場合には、弁済期が到来することになる。

(4) 物の占有が不法行為によって始まったときは、留置権は成立しない(民法第295条第2項)。
なお、留置権者が債務者に対抗できる占有の権原がなく、かつ、それを知り、又は過失により知らないで占有を始めた場合にも、留置権は成立しない(昭和30.3.11東京高判参照)。

2 留置権と果実収取権
留置権者は、留置物から生ずる果実を収取し、他の債権者に先立ってこれを留置権により担保される債権の弁済に充てることができる(民法第297条第1項)。この場合において、収取した果実は債権の利息に充て、なお残余があるときは元本に充てなければならない(同条第2項)。

3  留置権と費用償還請求権
 留置権者は、留置物につき必要費を支出したときは、その物の所有者に対しその必要費の償還をさせることができる(民法第299条第1項)。また、留置権者は、留置物につき有益費を支出したときは、その価格の増加が留置物につき現存する場合に限り、その支出した金額又は増価額の償還をその留置物の所有者に対し請求することができるが、その所有者の請求により裁判所が期限につき相当期間の許与をした場合には、その有益費につき留置権を行使することができない(同法第299条第2項)。

4 留置権の移転
 留置権の移転は、その担保される債権と目的物の占有とを、ともに移転することによって行うことができる。

5 留置権の消滅
 留置権は、目的物の滅失、没収、収用、混同、留置権により担保される債権の消滅等によって消滅するほか、次に掲げる場合にも消滅する。
 なお、留置権のある財産を滞納処分により差し押さえ、徴収職員がその財産を占有しても、私法上の占有関係には影響を及ぼさないことから、留置権は消滅しない。

(1) 留置権者が、留置物につき善良な管理者の注意を怠り、債務者又は留置物の所有者の承諾なくして使用若しくは賃貸をし、又は担保に供したため、債務者又は留置物の所有者が、民法第298条第3項《債務者の消滅請求》の規定により留置権の消滅の請求をした場合

(2) 債務者又は留置物の所有者が、留置権者の承諾又はこれに代わるべき執行法第177条《意思表示の擬制》の判決を得て相当の担保を提供して留置権の消滅を請求した場合(民法第301条)

(3) 留置権者が、債務者又は留置物の所有者の承諾を得て賃貸又は質入れをした場合以外で、留置物の占有を喪失した場合(民法第302条)

6 破産による留置権の失効等
 破産財団の財産上にある留置権のうち、商法又は会社法の規定によるものは、その破産財団に対しては特別の先取特権とみなされるが(破産法第66条第1項)、他の留置権は、破産財団に対してはその効力を失う(同法第66条第3項)。また、更生手続開始当時更生会社の財産上にある商法又は会社法の規定による留置権であって更生手続開始前の原因に基づいて生じたものに限り、更生担保権となる(会社更生法第2条第10項)。

7 代理商の留置権
 代理商の留置権とは、当事者が別段の意思表示をしていない限り、代理商が、取引の代理又は媒介をしたことによって生じた債権が弁済期にあるときに、その弁済を受けるまで、商人のために占有する物又は有価証券を留置することができる権利をいう(商法第31条、会社法第20条)。

8 商人間の留置権
 商人間の留置権とは、当事者が別段の意思表示をしていない限り、商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときに、債権者が、その弁済を受けるまで、債務者との間の商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができる権利をいう(商法第521条)。

9 問屋の留置権
問屋の留置権とは、当事者が別段の意思表示をしていない限り、問屋が自己の名をもって委託者のために物品の販売又は買入れをしたことによって生じた債権(例えば、報酬請求権又は費用償還請求権等)が弁済期にあるときに、その弁済を受けるまで、債権者である問屋が、債務者であるその委託者のために適法に占有している物又は有価証券(委託者所有の物又は有価証券である必要はなく、また、委託者との商行為によって問屋の占有に属したことを必要としない。)を留置することができる権利をいう(商法第557条、第31条)。

10 運送取扱人の留置権
 運送取扱人の留置権とは、運送取扱人が、運送品に関して受け取るべき報酬、付随の費用及び運送賃その他の立替金について、その債権の弁済を受けるまで、その運送品(報酬等を請求できる運送品に限られるが、委託者の所有物であることを要しない。)を留置することができる権利をいう(商法第562条)。運送中の運送品に対する留置権の行使は、荷送人としての運送品処分権(同法第580条)の行使によって行う。
なお、運送取扱人とは、運送品発送人の計算において、自己の名をもって運送人と運送契約を締結し、その他運送に必要な手配をすることを業(取次業)とする者をいい、荷送人としての権利を有する(運送品発送人は、この荷送人には該当しない。)。

11 運送人の留置権
 運送人の留置権とは、運送人が、運送品に関して受け取るべき運送賃、付随の費用及び立替金について、その債権の弁済を受けるまで、その運送品を留置することができる権利をいう(商法第574条)。
 なお、運送人は、運送賃及び付随の費用(例えば、通関手続の費用、倉庫保管料等)につき、運送品に対して先取特権(民法第318条)をも有する。

12 海上物品運送に関する特則
 運送人は、荷受人が運送契約又は船荷証券に定められる約定等によって運送賃、付随の費用、立替金及び運送品の価格に応じ共同海損又は救助のために負担すべき金額(航海傭船契約の場合は滞船料を含む。)を支払わないときに、これらの支払があるまで、その運送品を留置することができる(商法第741条第2項、第756条)。

留置権の優先

(留置権の成立時期と法定納期限等との関係)

2 留置権の被担保債権は、その留置権の成立の時期が国税の法定納期限等の以前であると後であるとを問わず、国税に優先し、かつ、質権、抵当権、先取特権又は担保のための仮登記により担保される債権に先立って配当を受ける。

(差押え後に成立した留置権)

3 留置権の被担保債権は、その留置権の成立の時期が差押え後であっても、法第21条の規定により、国税等に優先して配当を受けられるものとする。ただし、留置権者が、差押債権者に対抗できる占有の権原がなく、かつ、それを知り、又は過失により知らないで占有を始めたときは、その留置権の成立をもって差押債権者に対抗できないものとする(1の(注)1の(4)参照)。

(注) 上記ただし書の例としては、滞納者が自動車の差押えを受け、運行の許可がされないまま保管をしていた場合(法第71条第5項)において、その自動車の修理を業者に依頼し、その業者がそれらの事情を知りながら修理をしたときの留置権がある。すなわち、この例の場合には、修理代金についての差押自動車を目的物とする留置権の成立は、差押債権者に対抗することができず、したがって、法第21条の適用はないものとする。

(同一債権につき留置権と先取特権とがある場合)

4 換価に付された財産上にある留置権により担保される債権が、同時にその財産についての先取特権によって担保されている場合(例えば、荷物の運輸の場合には、運送人は、運送賃についてその荷物の上に留置権を有すると同時に、動産の先取特権をも有する(民法第318条)。)には、優先する留置権により担保される債権として配当を受ける。

証明の期限等

5 法第21条の留置権が、第1項の規定の適用を受けるための証明については、第15条関係26及び27の(2)と同様である(法第21条第2項、令第4条第1項、第3項、通則令第2条第7号)。

留置権者が配当を受けられる場合

6 留置権者は、納税者の財産が滞納処分によって換価される場合においてのみ、法第21条第1項の規定により配当を受けることができる。