1 照会の趣旨

 有価証券の売買取引は、金融商品取引所のほか、私設取引システム(Proprietary Trading System:PTS)で行うことができます。
 PTSは、電子情報処理組織を利用して同時に多数の者を相手に有価証券の売買等を集団的・組織的に行うものであり、金融商品取引所と類似の機能を有するものですが、PTSにおける信用取引(以下「PTS信用取引」といいます。)については、PTSを提供する業者(証券会社)自身において利益相反の問題が顕在化するおそれがあること等から、「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」により禁止されていました。
 一方、平成28年12月22日に公表された「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告〜国民の安定的な資産形成に向けた取組と市場・取引所を巡る制度整備について〜」においては、金融商品取引所とPTS等との市場間競争の意義について再確認されるとともに、PTSについて「適切なスキームが構築された場合には、PTSにおける信用取引を認めることも考えられる。」とされたことから、日本証券業協会(以下「協会」といいます。)は、関係する実務担当者を中心とする「PTS信用取引検討会」において、PTS信用取引のスキームについての検討を開始し、平成29年6月及び平成30年6月に、それぞれ「PTS信用取引検討会報告書」を取りまとめています。
 また、両報告書の内容に基づき、協会の「取引所外売買等に関するワーキング・グループ」は、PTS信用取引に係る自主規制についての検討を行い、「上場株券等の取引所金融商品市場外での売買等に関する規則」の一部改正等、各種規則を整備しましたが、金融庁でもPTS信用取引を禁止する旨の記載を削除すること等を内容とする「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」の一部改正等を行っており、令和元年7月16日以降、PTS信用取引を解禁する予定です。
 これに伴い、PTS信用取引を行う金融商品取引業者(証券会社)においては、PTS信用取引に関する顧客への交付書面の一部改定を行うとともに、顧客がPTS信用取引を開始するに当たっては、当該顧客から、

1 新たに信用取引口座を開設する場合は、「信用取引口座設定約諾書」及び「PTS信用取引に係る合意書」の双方

2 既に信用取引口座を開設済である場合は、「PTS信用取引に係る合意書」
の差入れを受けることとする予定です。

このうち、「信用取引口座設定約諾書」については、印紙税法別表第一課税物件表(以下「課税物件表」といいます。)第7号文書として掲げられている「継続的取引の基本となる契約書」に該当するものと認識していますが、上記のとおり差入れを受ける「PTS信用取引に係る合意書」は、第7号文書に該当する「信用取引口座設定約諾書」の内容を変更又は補充する文書であるものの、第7号文書の重要事項である印紙税法施行令(以下「令」といいます。)第26条第4号に掲げる要件を変更又は補充するものではないことから、課税文書に該当しないと解してよいか伺います。

2 照会に係る取引等の事実関係

 (1) 信用取引について

 信用取引とは、金融商品取引業者(証券会社)が顧客に信用を供与して行う有価証券の売買その他の取引をいい、顧客が信用取引を開始するためには、証券会社に「信用取引口座」を開設する必要がありますが、その手順は次のとおりです。

信用取引口座資料の請求  顧客は、証券会社に対し、信用取引口座開設資料を請求します
「契約締結前交付書面」の交付  証券会社は、信用取引を初めて行う顧客に対し、「契約締結前交付書面」の交付が義務付けられています
信用取引口座開設の申込み  信用取引は、通常の口座とは別の口座(=信用取引口座)において処理されます
証券会社における審査  証券会社では、顧客の投資経験、預り資産の額などに基づき審査基準を設けています
口座開設の承諾(連絡)
「信用取引口座設定約諾書」の差入れ  信用取引に関する顧客と証券会社双方の権利義務について規定したもので、署名又は記名押印のうえ、顧客が証券会社に差し入れます(電磁的な差入れも可)

 (2) PTS信用取引について

 PTS信用取引とは、信用取引のうち、上場株券等のPTS運営業務の認可を受けた協会の会員が行う取引所外売買において、協会の会員である金融商品取引業者(証券会社)が顧客に信用を供与するものをいいます。
 金融商品取引所における信用取引の場合、当該取引所の受託契約準則等が適用されますが、PTS信用取引の場合、協会の自主規制規則である「上場株券等の取引所金融商品市場外での売買等に関する規則」等とPTSの運営業務を行う証券会社(以下「PTS運営業者」といいます。)の規則である「PTS信用取引取扱規則」が適用されることとなります。
 PTS信用取引の対象となる上場株式等の受渡しは、株式会社証券保管振替機構における売方証券会社の振替口座簿から株式会社日本証券クリアリング機構の振替口座簿への振替後、株式会社日本証券クリアリング機構の振替口座簿から買方証券会社の振替口座簿への振替が行われます。
 また、PTS信用取引の対価(PTS信用取引による売買注文の約定代金。売買委託手数料を除く。)の支払は、買方証券会社の預金口座から株式会社日本証券クリアリング機構の預金口座への振替後、株式会社日本証券クリアリング機構の預金口座から売方証券会社の預金口座への振替が行われます。
 これらの受渡しその他の決済方法及び対価の支払方法は、金融商品取引所における信用取引の場合と同様の方法であり、PTS運営業者が作成するPTSに係る取扱説明書等に定められ、PTS運営業者によって異なることはありません。
 ところで、上記2(1)のとおり、顧客が信用取引を開始する際には、証券会社は顧客から「信用取引口座設定約諾書」の差入れを受けていますが、当該書面は、金融商品取引所における信用取引に係る事項しか記載されていないことから、PTS信用取引を取り扱う証券会社においては、当該書面についてPTS信用取引の内容を追加する等の対応が必要になります。
 この点、PTS信用取引を取り扱わない証券会社もあることを踏まえ、「信用取引口座設定約諾書」については従来の書式をそのまま使用し、新たな書式として作成する「PTS信用取引に係る合意書」において、当該「信用取引口座設定約諾書」の内容を変更又は補充する読替規定を定め、PTS信用取引を取り扱う証券会社で顧客がPTS信用取引に係る信用取引口座を設定しようとするときは、当該顧客から「信用取引口座設定約諾書」に加え、「PTS信用取引に係る合意書」の差入れを受けることを予定しています。

 具体的には、

1 新たに信用取引口座を開設する場合は、「信用取引口座設定約諾書」及び「PTS信用取引に係る合意書」の双方

2 既に信用取引口座を開設済である場合は、「PTS信用取引に係る合意書」
の差入れを顧客に求め、証券会社はこれらの書面の差入れを受けることとします。

 この場合に証券会社が顧客から差入れを受ける「PTS信用取引に係る合意書」と当該合意書により読み替えられた「信用取引口座設定約諾書」の内容については、別添1及び2のとおりであり、その主な読み替え部分は、次のとおりです。

イ 「信用取引口座設定約諾書」中の用語として、「信用取引」に「PTS信用取引」を、「制度信用取引」に「PTS信用取引」を、「貸借取引」に「PTS貸借取引」をそれぞれ含むこととする読み替え(信用取引口座設定約諾書1、6)。
ロ PTS運営業者が、上場廃止等のやむを得ない理由に基づいて、PTS信用取引に係る弁済条件の変更を行った場合には、その措置に従うこととする読み替え(信用取引口座設定約諾書5)
ハ 剰余金の配当又は株式分割による株式を受ける権利の付与等が行われた場合における当該権利の処理について、PTS運営業者の定める方法により処理されることとする読み替え(信用取引口座設定約諾書7)
ニ 期限の利益を喪失した場合における信用取引の処理について、PTS運営業者の規則により、当該PTS信用取引を決済するために必要な売付契約又は買付契約を、顧客の計算において証券会社が任意に締結することに異議のないこととする読み替え(信用取引口座設定約諾書9A)
ホ 期限の到来等によって証券会社が顧客との債権債務を相殺(差引計算)する場合において、PTS信用取引に係る顧客の証券会社に対する債務に遅延損害金が発生しているときは、当該遅延損害金の計算に用いる遅延損害金の率については、PTS運営業者の定めるものを用いることとする読み替え(信用取引口座設定約諾書11B)
へ 顧客がPTS信用取引に関し、証券会社に対する債務の履行を怠ったときは、証券会社の請求により、PTS運営業者の定める率による遅延損害金を支払うことに異議のないこととする読み替え(信用取引口座設定約諾書13)
ト 証券会社が通知金融商品取引業者等に該当した場合において、PTS運営業者の定める規則に基づき行われる取扱いにより、顧客が損害を被ったときであっても、当該PTS運営業者に対してその損害の賠償を請求しないこととする読み替え(信用取引口座設定約諾書15)

 なお、証券会社は、「PTS信用取引に係る合意書」の差入れに代えて、当該合意書に記載すべき事項について電磁的方法により差入れを受けることもできることとする予定です。

3 上記2の事実関係に対して照会者の求める見解となることの理由

(1) 印紙税法等の規定

イ 契約内容を変更又は補充する文書に係る印紙税の取扱い

印紙税法上の「契約書」とは、契約証書、協定書、約定書その他名称のいかんを問わず、契約(その予約を含みます。)の成立若しくは更改又は契約の内容の変更若しくは補充の事実を証明する目的で作成される文書をいうこととされています(課税物件表の適用に関する通則5)。
 ここでいう「契約の内容の変更」とは、既に存在している契約(以下「原契約」といいます。)の同一性を失わせないでその内容を変更することをいい、「契約の内容の補充」とは、原契約の内容として欠けている事項を補充するこというとされており、契約の内容の変更を証するための文書(以下「変更契約書」といいます。)又は契約の内容の補充を証するための文書(以下「補充契約書」といいます。)の課税物件表における所属の決定は、次のとおりとなり、印紙税法基本通達別表第二《重要な事項の一覧表》に掲げる重要な事項(以下「重要事項」といいます。)を変更又は補充するもののみを課税対象とすることと取り扱われています(印紙税法基本通達第17条及び第18条)。
(イ) 原契約が課税物件表の一の号のみの課税事項を含む場合において、当該課税事項のうちの重要事項を変更又は補充する契約書については、原契約と同一の号に所属を決定する。
(ロ) 原契約が課税物件表の2以上の号の課税事項を含む場合において、当該課税事項の内容のうち重要事項を変更又は補充する契約書については、当該2以上の号のいずれか一方の号のみの重要事項を変更又は補充するものは、当該一方の号に所属を決定し、当該2以上の号のうちの2以上の号の重要事項を変更又は補充するものは、それぞれの号に該当し、課税物件表の適用に関する通則3の規定によりその所属を決定する。
(ハ) 原契約の内容のうちの課税事項に該当しない事項を変更又は補充する契約書で、その変更又は補充に係る事項が原契約書の該当する課税物件表の号以外の号の重要事項に該当するものは、当該原契約書の該当する号以外の号に所属を決定する。
(ニ)  (イ)から(ハ)までに掲げる契約書で重要事項以外の事項を変更又は補充するものは、課税文書に該当しない。

ロ 継続的取引の基本となる契約書

「継続的取引の基本となる契約書」とは、特約店契約書、代理店契約書、銀行取引約定書その他の契約書で、特定の相手方との間に継続的に生ずる取引の基本となるもののうち、政令で定めるものをいうこととされています(課税物件表第7号定義欄)。
 この政令で定めるものとして、「信用取引口座設定約諾書その他名称のいかんを問わず、金融商品取引法第2条第9項(定義)に規定する金融商品取引業者又は商品先物取引法第2条第23項(定義)に規定する商品先物取引業者とこれらの顧客との間において、有価証券又は商品の売買に関する2以上の取引(有価証券の売買にあっては信用取引又は発行日決済取引に限り、商品の売買にあっては商品市場における取引(商品清算取引を除く。)に限る。)を継続して委託するため作成される契約書で、当該2以上の取引に共通して適用される取引条件のうち受渡しその他の決済方法、対価の支払方法又は債務不履行の場合の損害賠償の方法を定めるもの」は、継続的取引の基本となる契約書に該当することとされています(令第26条第4号)。

 上記3(1)イのとおり、変更契約書又は補充契約書については、重要事項を変更又は補充するもののみが課税対象とされますが、第7号文書の重要事項は、1令第26条各号に掲げる区分に応じ当該各号に掲げる要件及び2契約期間(令第26条各号に該当する文書を引用して契約期間を延長するものに限り、当該延長する期間が3か月以内であり、かつ、更新に関する定めのないものを除く。)とされていることから(印紙税法基本通達別表第二第7号文書)、令第26条第4号に該当する文書の場合、有価証券又は商品の売買に関する2以上の取引に共通して適用される取引条件のうち、「受渡しその他の決済方法」、「対価の支払方法」又は「債務不履行の場合の損害賠償の方法」が重要事項とされます。
 なお、「対価の支払方法を定めるもの」とは、「毎月分を翌月10日に支払う。」、「60日手形で支払う。」、「借入金と相殺する。」等のように、対価の支払に関する手段方法を具体的に定めるものをいい、「債務不履行の場合の損害賠償の方法」とは、債務不履行の結果生ずべき損害の賠償として給付されるものの金額、数量等の計算、給付の方法等をいうことと取り扱われています(印紙税法基本通達別表第一第7号文書11、12)。

(2) 「PTS信用取引に係る合意書」に係る印紙税の取扱い

 信用取引を開始する際に顧客が金融商品取引業者(証券会社)に差し入れる「信用取引口座設定約諾書」は、証券会社とその顧客との間において、金融商品取引所において行う信用取引を継続して委託するために作成される契約書で、有価証券の受渡しその他の決済方法、対価の支払方法、債務不履行の場合の損害賠償の方法等を定めるものであり、継続的取引の基本となる契約書(第7号文書)に該当するものです。
 また、「PTS信用取引に係る合意書」は、PTS信用取引に係る信用取引口座を設定しようとする場合に顧客が証券会社に差し入れるものであり、顧客が証券会社に差し入れた「信用取引口座設定約諾書」につき、信用取引に係る売買を執行する市場として、取引所金融商品市場に加え、PTSを利用するために、PTS運営業者が定める規則等に従うこと及び「信用取引口座設定約諾書」の内容を変更又は補充する読替規定を定める文書ですから、印紙税法上の変更契約書又は補充契約書に該当するものです。
 上記3(1)イのとおり、変更契約書又は補充契約書については、重要事項を変更又は補充するもののみが課税対象とされますが、「PTS信用取引に係る合意書」は、第7号文書に該当する「信用取引口座設定約諾書」の内容を変更又は補充する文書であるものの、以下検討のとおり、重要事項である「受渡しその他の決済方法」、「対価の支払方法」又は「債務不履行の場合の損害賠償の方法」を変更又は補充するものではないことから、課税文書には該当しないと考えます。

<重要事項を変更又は補充するものかどうかの検討>

合意書:PTS信用取引に係る合意書
約諾書:信用取引口座設定約諾書
合意書前文 信用取引に係る売買を執行する市場としてPTSを利用することを定めているに過ぎない。
合意書第1条 PTS運営業者が定める規則等に従うことを定めているが、当該規則等を引用したとしても、上記2(2)のとおり、「受渡しその他の決済方法」又は「対価の支払方法」は金融商品取引所における信用取引の場合と同様の方法であり、これが変更又は補充されるものではない。
約諾書第1条、第5条、第6条、第7条及び第9条の読み替え これらの条項は、そもそも具体的な「受渡しその他の決済方法」又は「対価の支払方法」を定めるものではない。
 また、PTS運営業者が定める規則等を引用したとしても、上記2(2)のとおり、「受渡しその他の決済方法」又は「対価の支払方法」は金融商品取引所における信用取引の場合と同様の方法であり、読み替えによりこれが変更又は補充されるものではない。
約諾書第11条及び第13条の読み替え これらの条項は、債務の額に一定の率を乗じて遅延損害金を計算することが定められており「債務不履行の場合の損害賠償の方法」を定めるものと認められるが、読み替えによりその計算方法自体が変更又は補充されるものではない。
約諾書第15条の読み替え 当該条項は、債務不履行の結果生ずべき損害の賠償として給付されるものの金額、数量等の計算、給付の方法等を定めるものではなく、読み替えにより「債務不履行の場合の損害賠償の方法」が変更又は補充されるものではない。

別添1 PTS信用取引に係る合意書(PDF/190KB)

別添2 PTS信用取引に係る合意書による信用取引口座設定約諾書の読替表(PDF/203KB)

以上