【東京国税局 濱田鑑定官室長】

◎「おいしい」ということ

 テレビの料理番組で、「味はどうですか」と聞かれたゲストが「おいしい!」と答える場面をよく見かけます。これは厳密に言うと、味の表現としては正確ではないのです。なぜなら、生理学的には、味の種類として「甘」「旨」「酸」「塩」「苦」の5つしかありません。
 私たちが食べ物を口にすると、味だけでなく香りや舌触りなどの感覚があり、それらの刺激が神経を伝わって、脳で「快い」とか「不快」という感情が生じます。それが「おいしい」とか「まずい」という表現になります。つまり「おいしい」というのは味の内容を表現しているのでなく、「快い」という自分の気持ちを表わしたものなのです。
 だから、人によって、また同じ人でも環境や体調によって「快い」と感じる場合が違いますので、誰でもいつでも「おいしい」、つまり絶対的に「おいしい」という食べ物はないとも言えます。このことは、次回に詳しく説明します。


◎味覚と嗅覚について

 「おいしい」という感情が基本的に味覚と嗅覚から生じると述べましたが、これらの感覚は動物が生きていくために重要な役割をもっています。
 味覚は口に含んだ食べ物について、栄養になる成分(甘味、旨味、塩味)や腐敗したり有害な成分(酸味、苦味)があるかどうかを見分け、そのまま飲み込むべきか吐き出すべきかを判断するための機能と言われています。

参考 5原味の代表食品

  • 甘味 エネルギー源となる糖類
  • 旨味 タンパク質を造るアミノ酸
  • 塩味 血液やリンパ液を構成するミネラル分
  • 酸味 腐敗、未熟な果実
  • 苦味 植物毒

 一方、嗅覚は、口に入れる前の上立香や口に入れた時の口中香から、それがどのような食べ物か、また過去の経験から「おいしい」ものか「まずい」ものかを識別し、食べるという行動を起すべきかどうかを判断するための機能と言えます。
 ですから「おいしさ」には、香りの方が大きな役割を担っています。また、香りと味の調和というものも重要になります。例えば、鰹節のダシの香りには旨味、リンゴやナシの香りには酸味と甘味が調和しておいしく感じますが、ダシの香りに酸味や、果物の香りにグルタミン酸ソーダの旨味があってもアンバランスでおいしく感じないのです。

参考 味覚と嗅覚の比較

味覚嗅覚
5原味の強弱で表現具体的な物で表現
食物の見分けはつきにくい食べ物の種類を見分ける
栄養か、有害かおいしいか、まずいか
飲み込むべきか、吐き出すべきか口にすべきか、否か

◎お酒の「おいしさ」

 ここで本題の、お酒の香りと「おいしさ」について述べます。日本の代表的なお酒である清酒には、大きく分けると2つの系統の香りがあります。
 1つは酵母が低温でゆっくり発酵することによって生成する果実のような香りで、吟醸香と呼ばれるものです。このときの味には、きれいで軽快な甘味と酸味があります。吟醸香は貯蔵中に減ることはあっても増えることはありませんので、吟醸香をアピールするお酒は、できるだけ熟成させずフレッシュさを残して出荷されるものが多いのです。
 もう一つは、貯蔵中に酒の中のアミノ酸や糖分が複雑に反応して、深み、コクといった味わいと一緒に生成される熟成香というものです。
 通常、果物は冷たくして食べるとおいしいように、吟醸香があって味のきれいな酒は冷して飲むとおいしく感じます。一方、熟成香は食べ物を加熱調理した時の香りと同系統なので、温めて飲むと一層おいしく感じます。だから清酒には、冷した方がおいしい酒と燗にした方がおいしい酒があるのです。

◎鑑評会について

 従来各地で行なわれてきた鑑評会では15〜20℃の温度で審査を行い、華やかな吟醸香とすっきりとした味わいを高く評価していました。それは、米から果実のような香りを出すには非常に高度な技術を必要としますので、酒造技術を競う鑑評会の対象酒として吟醸酒が最適だったからです。その結果、近年、吟醸酒のように冷して飲む清酒の品質が著しく向上し、市場でも高い評価を得ております。
 ただ最近は、それがやや行き過ぎてしまい、ちょっとでも良い酒は冷または冷酒で、そうでない酒はお燗で飲むというような誤った認識が広まってしまったようです。そのため、清酒の銘柄を色々揃えている居酒屋で、それらの酒をお燗してくれるように頼むと、「これは良い酒だからお燗できません。」と断わられることがあります。
 上で説明したように、純米酒や本醸造酒のような特定名称清酒にも、よく熟成してコクがあり、お燗の方がおいしく飲めるものが沢山あります。また、本来、お燗という飲み方は世界でも珍しい上、料理を楽しみながらゆっくり味わえますし、身体にもやさしいものです。
 ですから今後の清酒の幅広い需要拡大には、お燗に適した良い酒があるということを広く知ってもらうとともに、そうしたお酒の品質向上を図っていく必要があり、その努力を清酒業界が始めています。
 業界のこうした技術向上を支援するため、今年度から、東京国税局酒類鑑評会に燗審査の部門を設けることにしております。これから、管内のお燗で飲む酒の品質が一層向上すると思われますので、どうぞご期待下さい。
 (続く)