【東京国税局 白上鑑定官室長】

1 品質の測定

お酒の品質を評価するときアルコール分、酸度、エキス分等の成分量の他に目、鼻、口といった感覚器官を動員し、見て、嗅いで、口に含み味をみて評価します。後者をきき酒といいます。感覚器官を使うことから官能検査ともいいます。お酒のお酒たる根本はエチルアルコールを含有していることにあります。アルコール分がいくらであるかは消費者にとって大切な事項です。アルコール分は分析機器を使用して測れば信頼度の高い結果が得られますが、口にお酒を含んでも濃いか薄いかの見当はつきます。訓練すればかなりの精度で当てることができます。しかしながらアルコール分、酸度、エキス分等は科学分析に任せた方が精度や信頼性で安心できます。きき酒は分析値では分からない部分即ち旨いか不味いかを評価する場合等に用います。いうまでもなくお酒は嗜好品であり、旨いか不味いかが左党の関心事です。販売する酒屋さんにとって見れば売れる品質かどうかが気がかりになります。ではお酒の味を測定する良い理科学分析法はあるのかどうか、味覚センサーというものが開発されていますが、きき酒のような簡便で検査精度が高く経済的な方法は今のところはありませんというのが答えです。お酒に含まれる成分は非常に多く、それらの成分がどのような味であるか、また、それらの混合物がどのような味になるか現在の科学では推測することはできません。お酒の味はそれをたしなむ人間にきくのが最も簡単であり、人の感覚器官を測定器として使うというのが合理的ということが分かります。

なお、官能検査はお酒や食品に対してだけではなく、椅子の座り心地、自動車の運転性、デザイン及びカラーコーディネイト等の評価、また、スポーツでは技の美しさを競う体操競技、フィギュアースケート等の採点にも広く使われています。

2 鑑定人

お酒のきき酒をする人はどのような人でしょうか。それらの人を審査員または鑑定人といっていいでしょう。審査員とか鑑定人といえばいかにも小難しそうな顔をした威厳のありそうな人を思い浮かべるかもしれません。実は鑑定人は誰でもいいのです。経験は特に不要です。ただお酒が飲めるということは必要でしょう。しかしきき酒の経験の少ない素人では信頼ができないという方がいらっしゃると思います。素人とプロの違いは何でしょうか。それは検出力の違いにあります。すなわちお酒の品質特性を多くの点で見分け、再現良く感知する能力にあります。プロはお酒に関する広い知識を持ち常にきき酒を行うことで感覚を鍛えています。また、感知したことを適切な言葉で表現します。それでは素人には何を望むのでしょうか。素人こそ消費者であり旨いと思うお酒を買うわけでありますから良く売れるお酒は人気投票の結果であるといえます。素人の方も飲むたびに鑑定をして不味ければ買わないでしょう。お酒のみは常に鑑定しているわけです。

3 きき酒

さて、きき酒をする人は決まりました。次はお酒です。お酒には醸造酒、蒸留酒及び混成酒があります。さらに原料、製造方法、生産国等で様々な種類のお酒が造られています。お酒はアルコール含有飲料ですがアルコールだけでは単純な味です。酔いだけを求めれば純粋のエチルアルコールと水であればよいのですがそのようなものはありません。しょうちゅう甲類(連続式蒸留しょうちゅう)は最もこれに近い酒類ですが微妙に香味があります。お酒の価値は原料及び製法からくる味わいの部分にあります。同じ種類のお酒でも工場によって味が異なります。

  1. (1)好きか嫌いか
    審査員が一人の場合 結果の解析は簡単です。結果には審査員の好みが全て反映されます。従ってこの結果は他の人に適用されるかというと適用されるとも、されないとも判定がつきません。それでは鑑定人を増やしたらどうでしょう。鑑定人が増えれば判定が好き嫌いに分かれたり、一方に偏ることも想定されます。これはどう判断したらよいのでしょうか。10人が判定し10人全員が好きとした場合はなんとなくこのお酒は好かれているということが分かりますが、そうだというには説得力に欠けます。また、6人が好きと判定した場合はどうでしょう。ここでは確率論という数学的な方法で解決します。多少難解な話になるので別に譲るとして、前者は好き嫌い(嗜好性)に差があり、後者は差があるとは言えないということになります。
  2. (2)どのようなものか

    レストランのお客にソムリエがワインの特徴を説明しているドラマのシーンは見られたことがあると思います。
    ソムリエのワインを語る言葉はソムリエ自身感じたことをいわば文学的に表現したものです。きき酒で評価する場合はお酒の品質を評価するための専門用語であるきき酒用語を用いて行います。審査員はお酒に関する知識を有し、きき酒のトレーニングを積んだ複数人数で行います。方法はいろいろありますが、プロフィール法について述べます。名のとおり審査するお酒の品質概要が分かるよう色、香、味、製造の特性等について採点します。審査では客観性、具体性のある指摘がなされ、品質の改善に役立てられます。
    以上簡単にきき酒について述べましたが個人の感想レベルから複数人数で行う製造の品質管理まで幅広く分きき酒が行われていることがお分かりになったと思います。おいしいお酒も香味を分析していくと、どういうところが好きなのか、どうしてそういう味になるのか興味がどんどん深まります。理由が分かると一層おいしく感じられるようになります。きき酒でお酒を二倍お楽しみください。

4 まぼろしの酒

お酒は致酔性とともに人を魅惑する何かが備わった摩訶不思議な飲料です。良いお酒は芸術品にも喩えられます。絵画等の芸術品は同時に、また、時空を越え多くの人が鑑賞できます。お酒は残念ながら飲んだ人しか賞味できないということです。特にすごいといわれるお酒は極少量しか世の中に出回りません。飲んでしまえば二度と味わえません。味わえる人には限りがあるのです。一度すごいお酒に出会うと新たなお酒を捜し求めることが楽しみともなります。まぼろしの酒を求めて。