答え

  • 2 ワインの主原料となるブドウが兵器になったから

解説

 ブドウには、ごく微量ですが酒石酸(しゅせきさん)が含まれています。ブドウからワインを醸造すると、ワイン中に沈殿する滓にも、貯蔵する酒ダルの周壁にも、白い小さな結晶体が生じます。この滓や周壁の酒石酸が粗酒石(そしゅせき)です。また、ワインの液中にも酒石酸が混在し、ワインの搾り粕にも酒石酸が混在しています。ワインの液中や絞り粕から酒石酸を採取するには普通、脱酸用石灰を添加し、酒石酸石灰として採取する方法がありました。しかし、手っ取り早いのはやはり、周壁や沈殿滓の粗酒石を直接採取する方法でした。採取した粗酒石に加里ソーダを化合させると、酒石酸加里ソーダという少し大きな結晶体が精製されます。これがロッシェル塩と呼ばれるもので、山梨県に所在の「サドヤ醸造場」が国内で唯一、製造が可能でした。
 ロッシェル塩は、音波をすばやく捉える特性があり、第2次世界大戦ではドイツがいち早くこれを採用して音波防御レーダーを開発、艦船に装備して、潜水艦や魚雷に対処する兵器とし、効果を発揮していました。
 日本の海軍は昭和17年(1942)6月、中部太平洋のミッドウエーの海戦で、航空母艦4隻を失う大打撃を受けます。敗退直後から、海軍では同盟国のドイツに兵員を派遣し、ロッシェル塩を利用した探査技術を習得させ、艦艇の戦備を強化することにしました。昭和18年初頭から、海軍は全国のワイン醸造場に粗酒石の採取を働きかけ、粗酒石は山梨県の「サドヤ醸造場」に集めロッシェル塩を精製し、精製品は東芝などの大電機メーカに依頼して、対潜水艦用の水中聴音機の量産態勢を構築しました。水中聴音機は、まさにブドウから作る兵器です。
 酒類行政を取り扱う大蔵省では、昭和19年のブドウの栽培時期から、日本海軍の求めに応じ、緊急軍需物資として、酒石酸の増産を決定しました。そのためワインに添加して酒石酸を採取するための脱酸用石灰について、これは統制品でしたが、割当や配給の面で特別な便宜を与えました。
 しかし、酒石酸はワインの製造処理過程で析出するわけですから、ワイン造り自体を奨励しなければなりません。そこで、ワイン造りに対する統制を特別に緩和し、ワイン造りに対し、製造免許数を増やしたり、造石数の増量を容認したり、また、ワイン造りには必需な原料の砂糖についても、砂糖は最重要な統制品であるにもかかわらず、割当や配給の面で特別に便宜を与えました。こうして、ワイン造りを奨励したのです。
 昭和19年度の果実酒の課税石数は、約1,301万リットルです。それが翌20年度では約3,420万リットルと、2.6倍も増加しています。この果実酒の大部分はワインと考えられますから、武器の元を得るためのワイン造りに奨励効果があったといえます。
 しかし昭和20年10月、大蔵省では、終戦に伴い、酒石酸類の所要量・用途などに相当の変動を生じたため、本年度産のブドウより酒石酸類の採取は消極的方針を持することと決定し、緊急軍需物資としての酒石酸の増産策を放棄しました。

(研究調査員 鈴木芳行)