加藤 浩
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

平成25年度税制改正により、相続税の基礎控除額が引き下げられるなど、相続税の課税ベースの拡大が行われたことから、近年、相続税対策が世間の大きな関心事項となっており、特に、取引相場のない株式の評価額(以下「株式評価額」という。)の引下げ策については、専門誌や経済誌等で多くの特集記事が掲載されている。
 相続税及び贈与税(以下「相続税等」という。)の財産の価額については、相続税法に特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した時における時価により評価することとし(相法22)、これを受けて、「財産評価基本通達」(以下「評価通達」という。)では、各種財産の具体的な評価方法を定めている。しかし、評価通達の評価方法を画一的に適用した場合には適正な時価評価が求められないことが考えられるため、同通達総則6項(以下「評価通達6項」という。)において、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」旨の定めが設けられている。この評価通達6項については、過去において、株式評価額の引下げ事案に対して適用し、裁判でもその適用が認容されたものがある。
 一方、相続税法では、同族会社等の行為・計算で、これを容認した場合にはその株主等の相続税等の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときには、税務署長は、その行為・計算にかかわらず、その認めるところにより課税価格を計算することができる旨の、いわゆる「同族会社等の行為計算否認規定」が設けられている(相法641)。しかし、この規定の適用が争われた裁判例は4件ほどしかなく、株式評価額を引き下げるような事例に対して適用されたものはない。
 また、平成13年度税制改正により、相続税法64条4項を含めた組織再編成に係る行為計算否認規定が新たに設けられたところであるが、このときの「改正税法のすべて」では、この規定により否認が想定されるケースとの一つとして、「株式の譲渡損を計上したり、株式の評価を下げるために、分割等を行う」ケースが挙げられている。このことからすれば、株式評価額の引下げ行為に対して、1項を含めた相続税法64条の規定を適用することも可能なのではないかと考える。
 そこで本稿では、租税回避を目的とした株式評価額の引下げ事案に対して、まず一つめとして、評価通達6項を適用することについて再検討を行うとともに、二つめとして、相続税法64条の適用余地についての検討を行うこととする。

2 研究の概要

(1) 取引相場のない株式の評価方式と株式評価額の引下げパターン

イ 取引相場のない株式の評価方式
 評価通達では、取引相場のない株式の価額については、会社規模に応じ、原則として、大会社については「類似業種比準方式」、小会社については「純資産価額方式」、中会社についてはその併用方式により評価することとしているが、少数株主等については、これによらず「配当還元方式」により評価することとしている。
 また、「株式等保有特定会社」や「土地保有特定会社」、「開業後3年未満の会社」など、資産の保有状況や営業の状態等が一般の会社と異なるものと認められるような会社の株式(特定の評価会社の株式 )については、純資産価額方式などにより評価することとしている。
 したがって、取引相場のない株式の評価については、基本的に、1類似業種比準方式、1純資産価額方式及び1配当還元方式、の3つの評価方式のいずれか又はこれらの併用により評価することになるが、この3つの評価方式による評価額を比較した場合、一般的には、1純資産価額方式が最も高く評価され、次いで、1類似業種比準方式、1配当還元方式の順となる傾向にあるとされている。

ロ 株式評価額の引下げパターン
 これを前提とした場合、株式評価額を引き下げる方法としては、次のようなものが考えられる。

(イ) 各評価方式の評価要素を引き下げる方法

  • 1 純資産価額方式の評価額の引下げ
  • 1 類似業種比準方式の評価額の引下げ
  • 1 配当還元方式の評価額の引下げ

(ロ) 評価方式を他の評価方式に変更する方法

  • 1 会社規模の変更(純資産価額方式から類似業種比準方式への変更)
  • 1 「特定の評価会社の株式」から一般の評価会社の株式への変更(純資産価額方式等から類似業種比準方式への変更)
  • 1 同族株主等から少数株主等への変更(純資産価額方式又は類似業種比準方式から配当還元方式への変更)
 これらの方法により株式評価額の引下げが行われたとき、これを否認する場合には、評価通達6項を適用している場合がほとんどである。

(2)評価通達6項について

イ 意義
 評価通達6項は、評価通達に定める評価方法により評価した場合、これにより求められた評価額が、客観的交換価値として「著しく不適当」であると認められる場合に適用される。
 評価通達6項の適用要件は次のとおりとなる。

  • 1 評価対象財産について、評価通達に定めがあること
  • 11 12の定めによって評価することが著しく不適当であること
  • 1 国税庁長官の指示があること
  • 1 評価通達以外の合理的な評価方法が存在すること

ロ 「著しく不適当」の判断基準
 過去の多くの裁判例では、評価通達に定める個別の評価方法を画一的に適用するという形式的平等を貫いた場合にはかえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな場合等の「特別の事情」がある場合に、同通達に定める評価方法によらないことが正当と是認されるとしている。したがって、評価通達6項の(評価通達の定めによって評価することが)「著しく不適当」な場合とは、裁判例でいうところの(評価通達によらない)「特別の事情」がある場合と考えられる。
 そして、多くの裁判例でいうところの「実質的な租税負担の公平を著しく害する」場合とは、評価通達に定める評価方法による評価額と客観的交換価値との間に著しく乖離が生じている場合であると考えられ、このような結果を生じさせるような事情が「特別の事情」に当たるものと考えられる。

ハ 過去の株式評価に関する裁判例の傾向
 過去の株式評価に関する裁判例では、課税時期における客観的交換価値が明らかであり、かつ、それが評価通達による評価額と乖離していることを理由として、評価通達によらない「特別の事情」とするものもあるが、課税時期前に行われた租税回避を目的とした行為の存在を理由として、評価通達によらない「特別の事情」としているものが多くみられる。
 これについては、「財産評価基本通達は相続税法22条の『時価』(客観的交換価値)の解釈通達であるから、その適用に当たり租税回避を企画したか否かなどの主観的要素を持ち込むべきではない」といった批判的な意見がある。

ニ 検討
 相続税等における財産の価額は、課税時期における客観的交換価値であり、評価通達の評価方法は、この客観的交換価値を把握するために定められた方法である。しかし、すべての財産の客観的交換価値は、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、評価通達の評価方法としては、一定の安全性を考慮した上で、「画一的な基準」として定める必要がある。
 しかし、このような「画一的な基準」が設けられていることを利用し、これに適合させるため(又は、適合させないため)に、あえて課税時期前に何らかの行為をしたような場合には、もはや、この「画一的な基準」に当てはめる前提条件を欠いているものと考えることができる。したがって、このような場合には、評価通達によらない「特別の事情」があると考えるべきであり、評価通達6項を適用すべきものと考える。

(3)相続税法64条について

イ 相続税法64条1項(同族会社等の行為計算否認規定)
 相続税法64条1項を含む「同族会社等の行為計算否認規定」は、租税回避に係る個別の分野に関する一般的否認規定の一つであるとされている。

(イ) 適用要件
 相続税法64条1項の適用要件は次のとおりである。

  • 1 対象となる法人は、同族会社等であること。
  • 1 対象となる行為・計算は、同族会社等のものであること。
  • 1 当該行為・計算を容認した場合、同族会社等の株主等 (以下「同族会社等株主等」という。)の相続税等の負担を減少させる結果となること
  • 13 14の税負担の減少が不当と認められること

(ロ) 不当性の判断
 他税目も含めた同族会社等の行為計算否認規定における上記(イ)の1の判断基準(不当性の判断基準)については、裁判例・学説とも、「同族非同族対比基準」と「経済合理性基準」の2つに分かれるが、近年の裁判例・学説の支配的な見解は「経済合理性基準」を支持している。
 ただ、同族会社に対する無利子・無期限・無担保の貸付けについて、所得税法157条1項の適用が争われた裁判例では、「経済合理性基準」を拡張した「独立当事者間取引基準」により判断すべきとされたものがある。

(ハ) 相続税法64条1項の問題点
 相続税法64条1項の不当性の判断基準について、「経済合理性基準」によるとしても、次のような問題がある。
 まず、相続税法64条1項の場合には、法人税法132条1項とは異なり、行為・計算の主体者(同族会社等)と規定の適用者(同族会社等株主等)とが異なることから、誰にとって経済合理性がある行為・計算であるか(同族会社等のみで判断するのか、それとも、「同族会社等株主等」を含めた取引行為等全体で判断するのか)が問題となる。また、相続税法64条1項の場合、仮に、「同族会社等株主等」側から経済合理性を判断するとしても、「同族会社等株主等」である個人は、常に経済合理性を追求して行動するわけではないことから、純粋な「経済合理性基準」により判断することは適当でない。
 これについて、相続税法64条1項の適用が争われた過去の裁判例をみると、判断が明らかでないものを除くと、概ね、経済合理性の判断は、同族会社等の側のみではなく、「同族会社等株主等」を含めた取引行為等全体で判断すべきとしており、また、不当性の判断基準は、実質的に「独立当事者間取引基準」により判断しているものと考えることができる。

ロ 相続税法64条4項(組織再編成に係る行為計算否認規定)
 相続税法64条4項を含む「組織再編成に係る行為計算否認規定」は、包括的な組織再編成に係る租税回避防止規定として、平成13年度税制改正により創設された。

(イ) 適用要件
 相続税法64条4項の適用要件は次のとおりである。

  • 1 対象となる行為・計算は、合併等をした法人、合併等により資産・負債の移転を受けた法人、又は、当該合併等により交付された株式等の発行法人(以下、これらの法人を「合併等関係法人」という。)のいずれかのものであること
  • 1 当該行為・計算を容認した場合、「合併等関係法人」の株主等(以下「合併等関係法人株主等」という。)の相続税等の負担を減少させる結果となること
  • 15 16の税負担の減少が不当と認められること

(ロ) 不当性の判断
 法人税法における組織再編成に係る行為計算否認規定である同法132条の2の適用が争われた事件の最高裁判決では、同条の不当性の判断について、「組織再編税制に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであると解すべき」とされた。つまり、法人税法132条の2の不当性の判断基準は、同法132条のそれとは若干異なり、「濫用基準」により判断すべきとしたものと解される。
 これを相続税法64条4項に当てはめた場合、「組織再編税制(つまり、法人税法)に係る各規定」そのものを濫用して相続税等の負担を減少させるケースはそれほど考えられず、また、前述の「改正税法のすべて」にある「…、株式の評価を下げるために、分割等を行う」行為も、あくまで組織再編成(分割)を利用(濫用)して株式評価額を引き下げるものであり、税制の濫用ではない。したがって、相続税法64条4項の不当性の判断としては、「組織再編成を租税回避の手段として濫用することにより税負担を減少させるもの」とすべきであると考える。

(ハ) 株式評価額引下げ事案への適用
 前述の「改正税法のすべて」にある「…、株式の評価を下げるために、分割等を行う」の記述について、当時の立法担当者であった朝長英樹税理士は、株主の租税回避を目的として、法人が組織再編成により法人資産等の状態を変更したり、株式保有割合を変更することによって、株式の価値を変更することを念頭に置いた記述であると説明している。
 この説明によれば、少なくとも、組織再編成を利用した株式評価額の引下げ事案に対する相続税法64条4項の適用余地はあり、むしろ、そのような事案に対しては積極的に適用すべきものと考える。

3 結論

 以上をまとめると、次のとおりとなる。
 まず、評価通達6項については、上記2(2)イの4つの要件を満たした場合に発動される。このうちの「評価通達の定めによって評価することが著しく不適当である」かどうか(「特別の事情」の有無)については、租税回避を目的として株式評価額を引き下げたような事案についても、それが評価通達の定めに適合させるため(又は、適合させないため)に行われたものであればこれに当たり、同項の適用は可能と考える。
 この場合の株式評価額は、あくまで当該行為がなされた後の現況に基づき、課税時期における「時価」を、原則として、評価通達によらない他の合理的な方法により求めることになる。
 次に、相続税法64条1項については、上記2(3)イ(イ)の4つの要件を満たした場合に発動される。このうちの「税負担の減少が不当と認められるか」については、原則として、「独立当事者間取引基準」により判断するとともに、経済合理性の判断については、「同族会社等株主等」を含めた取引行為等全体で判断すべきと考える。
 この要件を満たすことにより、株式評価額引下げ事案に対する適用は可能であると考える。
 この場合の株式評価額は、当該行為等が否認された状態(正常な行為等への引き直し後の状態、又は、当該行為がなかったものとした状態)に基づき、評価通達に基づき評価することとなる。
 最後に、相続税法64条4項については、上記2(3)ロ(イ)の3つの要件を満たした場合に発動される。このうちの「税負担の減少が不当と認められるか」については、「濫用基準」により判断すべきと考える。
 この要件を満たすことにより、株式評価額引下げ事案に対する適用は可能であり、むしろ、そのような事案に対しては積極的に適用すべきものと考える。
 この場合の株式評価額は、相続税法64条1項と同様に、当該行為等が否認された状態(正常な行為等への引き直し後の状態、又は、当該行為がなかったものとした状態)に基づき、評価通達に基づき評価することとなる。


目次

項目 ページ
はじめに142
第1章 評価通達における取引相場のない株式の評価144
第1節 評価通達144
1 評価通達の意義144
2 評価通達と租税法律主義145
3 評価通達と行政先例法147
4 評価通達と相続税法22条の時価との関係〜不動産の評価に関する裁判例〜151
第2節 評価通達における取引相場のない株式の評価153
1 原則的評価方式153
2 特例的評価方式154
第3節 株式評価額の引下げ方法156
1 評価方式と評価額の引下げ156
2 評価額引下げ型156
3 評価方式変更型158
第2章 評価通達6項161
第1節 評価通達6項161
1 評価通達6項の意義161
2 適用要件164
3 「特別の事情」の有無の判断166
4 評価通達6項の判断プロセス168
第2節 取引相場のない株式評価に係る評価通達6項適用事案169
1 過去の裁判例の分類169
2 A社B社方式型事案169
3 少数株主作出型事案174
4 評価通達6項の適用が否認された裁判例185
5 検討191
第3節 小括192
第3章 相続税法64条194
第1節 租税回避と行為計算否認規定194
1 租税回避の意義194
2 租税回避の否認196
3 行為計算否認規定197
第2節 相続税法64条1項―同族会社等の行為計算否認規定―198
1 同族会社等の行為計算否認規定198
2 相続税法64条1項の適用要件と不当性の判断基準205
3 裁判例における不当性の判断基準208
4 株式評価額引下げ事案への適用226
5 小括228
第3節 相続税法64条4項―組織再編成に係る行為計算否認規定―229
1 組織再編成に係る行為計算否認規定229
2 相続税法64条4項の適用要件と不当性の判断基準240
3 株式評価額引下げ事案への適用245
4 小括248
第4節 若干の考察249
1 「引き直し」計算249
2 対応的調整257
第4章 具体的な事例への当てはめ260
1 同族会社等を利用したケース260
2 組織再編成を利用したケース264
終わりに代えて269