山林 茂生
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

2010年にOECDモデル租税条約(以下「モデル条約」という。)7条《事業利得》が改訂(以下、2010年に改訂されたモデル条約を「2010年版モデル条約」という。)され、同条にOECD承認アプローチの考え方が採用された。これを受け、平成26年度の税制改正により、外国法人に対する国際課税の原則が、当該アプローチに沿った帰属主義に見直されたが、この帰属主義に係る法令は、当該アプローチの詳細まで規定されているものではない。したがって、その解釈・適用上、疑義が生ずることが想定されるところであり、特に、次の(1)から(4)までの項目が問題となると考えられることから、これらの問題点について、研究を行う必要がある。
 また、国内法に採用された帰属主義は、恒久的施設帰属所得(法法138条1項1号に定める所得をいう。以下同じ。)の認識及び当該所得の金額の算定に係る分析並びにそれに伴う文書化が要請されるものであることから、外国法人にとって処理コスト及びコンプライアンスコストを要する制度といえる。したがって、特に小規模な外国法人にとっては過重な負担を強いることとなる可能性があることから、当該外国法人のための簡便法を創設することが可能か研究を行う必要がある。

(1)条文解釈におけるPEレポートの位置付け

OECD承認アプローチの詳細は、OECD.”REPORT ON THE ATTRIBUTION OF PROFITS TO PERMANENT ESTABLISHMENTS 17 July 2008”(以下「2008年版PEレポート」という。)及びその修正版であるOECD.”2010 REPORT ON THE ATTRIBUTION OF PROFITS TO PERMANENT ESTABLISHMENTS 22 July 2010”(以下「2010年版PEレポート」という。)に記載されているところ、当該アプローチに関連する法令の解釈・適用に当たっては、これらのPEレポート(以下、2008版PEレポート及び2010年版PEレポートをまとめていう場合には、単に「PEレポート」という。)を参照することがあり得ることから、条文解釈におけるPEレポートの位置付けを明らかにする必要がある。

(2)内部取引の否認における機能・事実分析の必要性

OECD承認アプローチに沿った帰属主義では、内部取引が認識されることとなる。当該認識に当たっては、恒久的施設の機能及び事実の分析(以下「機能・事実分析」という。)を行う必要があり、また、認識された内部取引に係る対価の額とした額が独立企業間価格と異なるか否かの分析も必要とされる。当該機能・事実分析と独立企業間価格の分析の際に行われる機能分析は、その分析内容が類似しているところ、課税当局が内部取引の否認を行う場合、当該機能・事実分析が必要とされる否かにより更正の理由の記載事項が異なることにもなり、その要否を明らかにする必要がある。

(3)法法138条1項1号の機能・事実分析に基づく内部取引の否認と同法147条2の適用による内部取引の否認の差異及び同条適用上の不当性の判断基準

帰属主義に関する法令には、租税回避防止規定として同族会社の行為計算否認規定に類似した法法147条の2が規定されているところ、同条の適用基準(不当性の判断基準を含む。)が不明確である。内部取引について否認を行う場合には、同法138条1項1号の機能・事実分析に基づく否認と同法147条の2に基づく否認があり得るが、同条の適用基準が不明確ということは、それぞれの規定に基づく否認の差異が不明確ということとなり、このような場合、当該更正処分に係る否認の根拠法令について問題となることから、それぞれの規定の差異を明らかにする必要がある。

(4)内部取引の隠蔽又は仮装に対する重加算税賦課の適否

内部取引は、企業内部の取引であり、内部取引の認識誤りによる計上もれと隠蔽との違いが明確ではないといった事情等から、重加算税の賦課の適否が問題になることが想定される。そこで、内部取引の隠蔽又は仮装とはどのような場合をいうのか、どのような場合に重加算税が賦課されることとなるのかについて、明らかにする必要がある。

2 研究の概要

(1)条文解釈におけるPEレポートの位置付け
 帰属主義関連条文は、OECD承認アプローチに基づくものとされることから、当該条文解釈におけるPEレポートの位置付けを検討する前に、条約解釈におけるモデル条約のコメンタリー(以下「コメンタリー」という。)及びPEレポートの位置付けを検討する必要がある。

イ 条約解釈におけるコメンタリー及びPEレポートの位置付け
 コメンタリー及びPEレポートは、いずれもOECD租税委員会により作成されたモデル条約7条の解釈・適用に関するものであり、法的拘束力はないものとされるところ、OECD承認アプローチに関連する条約解釈におけるこれらの位置付けに関しては、同様に解する必要があると考える。

(イ) 条約解釈におけるコメンタリーの位置付け
 租税条約(以下、単に「条約」という。)の解釈におけるコメンタリーの位置付けについては、その国際的な議論において、条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。)31条4項に規定する「特別な意味」に当たるとする見解と条約法条約32条に規定する「解釈の補足的手段」に当たるとする見解が対立軸を構成しているとされる。
 一方、我が国における裁判例においては、条約法条約32条に規定する「解釈の補足的手段」に当たるとする見解が採用されている。
 当該コメンタリーが条約法条約31条4項の特別の意味に当たる場合には、条約解釈の直接の根拠とされることから、コメンタリーを援用して条約解釈を行うことに問題が生ずることはないと考えられるが、「解釈の補足的手段」に当たるとする場合には、当該コメンタリーを援用して条約解釈を行うことに問題はないか、検討を行う必要がある。

(ロ)「解釈の補足的手段」としてコメンタリーを援用することの適否
 コメンタリーが「解釈の補足的手段」に当たる場合には、条約法条約31条2項又は3項の規定の適用によって得られた条文解釈を確認するため、又は、その条文解釈が不明確又は不合理な結果がもたらされる場合に限って、援用を許されるにすぎないとされる。そこで、その解釈が問題になると考える恒久的施設帰属利得(モデル条約7条に規定する恒久的施設が取得したとみられる利得をいう。以下同じ。)の算定方法を規定する2010年版モデル条約及び2008年版モデル条約(2008年に改訂されたモデル条約をいう。以下同じ。)7条2項について検討すると、次のとおり、恒久的施設帰属利得の具体的な算定方法を検討する場面においては、同項は不明確といえ、当該コメンタリーは、当該「解釈の補足的手段」として条約解釈に援用することができるといえる。

A 2010年版モデル条約7条2項の場合
 恒久的施設帰属利得の具体的な算定方法(恒久的施設へ利得を帰属させる方法)は、2010年版モデル条約7条2項からは不明確であるといえ、当該具体的な算定方法を検討する場面においては、コメンタリーは、条約法条約32条に規定する「解釈の補足的手段」に該当することとなると考える。

B 2008年版モデル条約7条2項の場合
 恒久的施設帰属利得の具体的な算定方法は、2008年版モデル条約7条2項からは不明確であるといえ、当該具体的な算定方法を検討する場面においては、コメンタリーは、条約法条約32条に規定する「解釈の補足的手段」に該当することとなると考える。

(ハ) 条約解釈におけるPEレポートの位置付け
 PEレポートは、OECD承認アプローチを構築することを目的として作成され、2010年版モデル条約及び2008年版モデル条約の7条に関するコメンタリーにその内容が反映されていることからすれば、恒久的施設帰属利得の具体的な算定を行う場面においては、当該コメンタリーと同様、条約法条約32条の「解釈の補足的手段」に当たるとすることが適当と考える。また、仮に、コメンタリーが条約法条約31条4項に規定する「特別の意味」に当たるとされるのであれば、PEレポートも当該「特別の意味」に当たるとすることが適当と考える。

ロ OECD承認アプローチの各国への適用範囲とモデル条約7条に関するコメンタリー及びPEレポートの援用範囲
 モデル条約7条に関するコメンタリー及びPEレポートは、いずれも恒久的施設帰属利得の具体的な算定の解釈・適用に当り、「解釈の補足的手段」として援用することができるものといえるが、二国間租税条約が、2010年改訂後のモデル条約又は2010年改訂前のモデル条約のいずれに準拠しているかにより、その援用範囲が異なることに注意する必要がある。
 まず、2010年改訂後のモデル条約に準拠した二国間租税条約を締結している場合であるが、この場合はOECD承認アプローチの適用を完全に受け入れていることになることから、2010年改訂後のモデル条約7条に関するコメンタリー及び2010年版PEレポートを援用することができる。
 一方、2010年改訂前のモデル条約に準拠した二国間租税条約の場合には、当該アプローチの適用を完全には受け入れていないことから、2008年版モデル条約7条に関するコメンタリー及びその記載内容と矛盾がない2008年版PEレポートの記載内容が援用できることとなる。
 なお、BEPSプロジェクト実施のための包摂的枠組みへの参加国(以下「BEPS包摂国」という。)については、OECD承認アプローチの適用がないとしている国連モデル租税条約に準拠した二国間租税条約を締結している場合であっても、BEPS行動計画の7(恒久的施設認定の人為的回避の防止)及び行動計画8−10(移転価格税制と価値創造の一致)の合意事項の実施にコミットしていることから、OECD承認アプローチの適用を受け入れていると考えることもできるが、これらの行動計画はBEPS包摂国のミニマムスタンダードとはされていないことから、当該適用まで同意したものではないと考えることもできる。したがって、BEPS包摂国に対する当該適用の可否は、国別に対応していく必要があると考える。

ハ 法法138条1項1号の解釈におけるPEレポートの位置付け

(イ) 法法138条1項1号の解釈におけるPEレポートの援用の適否
 法法138条1項1号の文理解釈からは、恒久的施設帰属所得の具体的算定方法を明らかにすることは困難といえる。そうすると、恒久的施設帰属所得の算定の趣旨目的に照らして、その算定方法を解釈することになるといえる。
 同号は、OECD承認アプローチに基づく規定とされることから、同号の解釈に当たっては、モデル条約7条2項における恒久的施設帰属利得の具体的算定方法の解釈について援用することできるとされたモデル条約7条に関するコメンタリー及びPEレポートについて、同様に援用することができるものと位置づけることが相当と考える。

(ロ) 国内法における帰属主義関連条文の立法資料としての効果
 立案担当者の帰属主義関連条文の創設時の解説を見ると、モデル条約7条に関するコメンタリー及びPEレポートは、帰属主義関連条文の立法資料ということができると考える。
 当該立法資料は、趣旨目的に照らして条文解釈を行う場合に援用することができるものと考えられることから、当該コメンタリー及び当該PEレポートは、恒久的施設帰属所得の具体的算定を行なう場面においては、援用することができるものと考える。

ニ コメンタリー及びPEレポートの記載内容を根拠とした更正処分の適否
 モデル条約7条に関するコメンタリー及びPEレポートは、いずれも法法138条1項1号の恒久的施設帰属所得の具体的な算定の解釈において援用することができるものといえることから、当該コメンタリー及びPEレポートの記載内容を根拠として、恒久的施設帰属所得に係る所得の金額の更正処分が行われたとしても、当該更正処分は、法令解釈に基づき行われたものといえると考える。

(2)内部取引の否認における機能・事実分析の必要性
 内部取引の否認における機能・事実分析の必要性については、機能・事実分析に係る分析内容が、より詳細に記載されたものである2010年版PEレポートの「機能及び事実の分析」と、内部取引に係る独立企業間価格の算定において、当該レポートが類推することしている2010年版移転価格ガイドラインの「比較可能性分析」における「機能分析」(の類推適用)の比較を行うことにより、機能・事実分析の必要性について、検討を行うこととする。

イ 機能・事実分析の必要性
 PEレポートでは、「機能及び事実の分析」は、モデル条約9条に基づく移転価格を算定する場合に行われる「機能分析」等と類似性があるが、恒久的施設を当該「恒久的施設及び当該企業の他の構成部分との取引において、当該恒久的施設が、同一又は類似の活動を行う分離し、かつ、独立した企業」(2010年版モデル条約71 )と擬制する必要があることから、当該「機能分析」を補完する必要があるとされ、「機能及び事実の分析」と「機能分析」を同様のものと捉えてはいない。したがって、「機能及び事実の分析」を行う必要があるということは、機能・事実分析は必要ということとなる。
 このことは、「機能及び事実の分析」を行う各項目について、「機能分析」(を類推適用した場面)との比較を行うことからも明らかとされ、当該比較から「機能分析」の前提には、「機能及び事実の分析」があり、これがなされているからこそ、「機能分析」を正確に行うことができるといえると考える。したがって、機能・事実分析は必要といえる。

ロ 更正通知書に記載すべき更正の理由
 上記イのとおり、内部取引の否認を行う場合に機能・事実分析は必要とされる。したがって、内部取引の修正を行い、その修正された内部取引に基づき算定された独立企業間価格により更正が行われる場合、その更正の理由書には、機能・事実分析による内部取引の修正の内容及びそれに基づく独立企業間価格の算定内容について記載する必要があるということとなる。

(3)法法138条1項1号の機能・事実分析に基づく内部取引の否認と同法147条2の適用による内部取引の否認の差異及び同条適用上の不当性の判断基準

イ 個別否認と行為計算否認の差異
 法法138条1項1号の機能・事実分析に基づく内部取引の否認と同法147条2の適用による内部取引の否認の差異を検討する上で、外部取引について、同法132条《同族会社等の行為又は計算の否認》等のいわゆる行為計算否認規定を適用して否認する場合(以下「行為計算否認」という。)とそれ以外の課税要件事実に基づき否認する場合(以下「個別否認」という。)における否認の対象範囲の差異が参考になると考える。そこで、当該差異について整理すると、個別否認は、原則として、真実に存在する法律関係を無視して、経済的実質に基づき行うことは許されないが、行為計算否認は、私法上の法律関係に関わらず、経済的実質に基づく取引、あるいは経済合理性のある取引等に基づき税務上の引直し計算が認められるものといえる。この点が、個別否認と行為計算否認の差異といえる。

ロ 機能・事実分析に基づく内部取引の否認と法法147条の2の適用による内部取引の否認の差異

(イ) 機能・事実分析に基づく内部取引の否認
 内部取引は私法上の取引ではないが、私法上の取引と同等とみなしているといえる。したがって、内部取引について機能・事実分析に基づく否認を行う場合であっても、真実に存在する法律関係とみなすことができるものを無視して経済的実質に基づき行うことは適当ではなく、外部取引に係る個別否認の場合の考え方を類推して、真実に存在する法律関係とみなすことができるものに即して課税要件事実の認定がなされるべきということになる(“真実に存在する法律関係とみなすことができるもの”については、内部取引について文書化された文書(以下「内部取引文書」という。)を基本に検討することとなる。)。

(ロ)法法147条の2による内部取引の否認
 一方、法法147条の2は、いわゆる行為計算否認規定であることから、真実に存在する法律関係とみなすことができるものを無視して経済的実質、あるいは経済合理性に基づき課税することが許されることになると考える。
 具体的に言えば、内部取引文書が適正に作成されていても、その内部取引文書に基づく機能・事実分析により把握される内部取引が、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合、あるいは、内部取引文書に誤りがあり、内部取引文書を離れて機能・事実分析を行ったが、その結果が法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合には、内部取引を税務署長の認めるところによる通常又は正常な取引と認められるものに引き直し、課税することが許される、ということである。

(ハ)機能・事実分析による内部取引の否認と法法147条の2の適用による内部取引の否認の差異
 上記(イ)及び(ロ)からすれば、機能・事実分析に基づく内部取引の否認は、真実に存在する法律関係とみなすことができるものに即して行われるものであることに対し、法法147条の2の適用による内部取引の否認においては、真実に存在する法律関係とみなすことができるものに関わらず、経済的実質に基づき、あるいは経済合理性に基づき税務上の引直し計算が認められるということであり、機能・事実分析に基づく内部取引の否認と同法147条の2の適用による内部取引の否認の差異は、この点にあるといえる。

ハ 法法147条2における不当性の判断基準
 内部取引は、私法上の取引ではないことから、機能、リスク、資産の帰属を恒久的施設及びその本店等との間で柔軟に変更することができ、機能・事実分析では否認されない租税回避を行うことが容易であるという特性があることから、法法147条の2の不当性は、当該特性を加味して判断する必要があると考える。
 当該機能・事実分析では否認されない租税回避とは、例えば、本店が保有する棚卸資産を我が国の支店が購入するという内部取引が通常認識されるものであるところ、恒久的施設における税負担の軽減のみを目的として、当該本店が当該棚卸資産を他の国にある支店に販売し、当該他の国の支店から我が国の支店が当該棚卸資産を購入するという内部取引に変更した場合で、かつ、当該他の国の支店が当該棚卸資産に係る機能及びリスクを有しているという場合が考えられる。このような一連の内部取引について、個々の内部取引のみをみた場合には異常ないし不自然なものとはいえず、機能・事実分析からは、当該他の国の支店と我が国の支店との間の内部取引が認識されることとなると考えられる。
 しかし、当該内部取引に係る一連の内部取引(全体)を見ると、恒久的施設に係る税負担の軽減以外の目的は考えられない。そうすると、当該内部取引は、法法138条1項1号の課税要件に適合させることにより税負担の軽減を図るものであり、OECD承認アプローチによる内部取引の認識方法を逆手にとった同号の規定の趣旨・目的を濫用するものといえる。
 内部取引には、このような特性があることから、法法147条の2の不当性の判断基準は、同法132条の2の不当性の判断基準と同様の基準を適用することが適当と考える。

(4)内部取引の隠蔽又は仮装に対する重加算税賦課の適否

イ 内部取引に係る事実の隠蔽とその立証
 内部取引に係る事実の隠蔽とは、恒久的施設とその本店等との間で行われた資産の移転、役務の提供その他の事実(内部取引事実)又は内部取引に係る金額(内部取引金額)の全部又は一部を隠すことといえる。そして、当該隠蔽に基づき過少申告が行われた場合には、重加算税の賦課要件が満たされることとなる。
 この場合、重加算税の賦課の適否について疑義が生じる場合としては、積極的な隠蔽行為がなく、外国法人から内部取引の認識に関する解釈の違いや経理ミスによる単なる計上もれという主張がなされる場合と考えられる。これは、内部取引に係る事実に基づき生ずる所得の全部を把握していながらその一部のみを申告するというケースといえ、このような場合の重加算税の賦課の適否に関しては、いわゆる殊更過少の申告の裁判例(最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決(民集49巻4号1193頁))が参考になると考える。
 この裁判例の判示からすると、積極的な隠蔽行為がない場合の過少申告が、内部取引事実又は内部取引金額の隠蔽に基づくものといえるかどうかは、「納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合」に当たるか否かを参考に、判断されることとなると考える。
 そして、当該場合の該当性については、例えば、過少申告となる申告書の作成から提出に至る行為の態様、あるいは当該行為の態様及び当該申告書の提出の前後を通じた一連の行動等からその該当性を判断することもできるのではないかと考える。

ロ 内部取引に係る事実の仮装とその立証
 内部取引に係る事実の仮装とは、内部取引事実又は内部取引金額を実在するように見せかけることといえる。そして、当該仮装に基づき過少申告が行われた場合には、重加算税の賦課要件が満たされることとなる。
 内部取引事実に仮装がある場合、作成される内部取引文書の記載内容は、仮装された内部取引事実に応じて作成されていると考えられる。したがって、課税当局としては、内部取引文書以外の資料等から内部取引事実の仮装を立証することが必要とされると考える。
 一方、内部取引事実そのものには仮装がなく、その事実と異なる内容で内部取引文書が作成(仮装)されていた場合には、内部取引事実等と内部取引文書の比較から、当該仮装が明らかにされるものと考える。ただし、内部取引文書は、認識される内部取引に関する内容を明らかにするために作成されるものであることから、当該内部取引文書に基づき帳簿書類が作成されているとは限らず、当該仮装が、直ちに過少申告に結びつくとは限らない。したがって、内部取引文書の仮装の立証だけではなく、当該仮装に基づく過少申告がなされていることの立証が必要とされる。

(5)内部取引に係る独立企業間価格の算定における簡便法の導入の提言

イ 対象法人
 簡便法を導入する趣旨が、内部取引に係る恒久的施設帰属所得に係る所得の金額の算出と独立企業間価格の算定のための処理コスト及びコンプライアンスコストが過重となっているといえる法人に対するこれらのコストの軽減であることからすれば、小規模な外国法人を対象とすることが適当と考える。
 そして、当該小規模の判断基準であるが、法人税法における法人の規模の区分は、資本金で区分する考え方のほか、事業規模で区分する考え方があるところ、ここでは、資本金と事業規模の両方の基準を設け、それに基づき判定することが必要と考える。

ロ 算定方法
 簡便法の適用結果は、OECD承認アプローチに適合するものとなることが必要であるところ、Global Formulary Apportionment等のように、一事業年度の利益総額をあらかじめ定められた一定の計算式に基づき配分するような方法は、独立企業原則に適合する方法とはいい難く適当ではないと考える。
 OECDでは、セーフハーバー・ルールや低付加価値グループ内役務提供で用いられる一定の利益率をコストにマークアップする方法は、独立企業原則に適合し得るものと見ていると考えられることから、当該方法を簡便法として採用することは可能と考える(なお、内部取引の対価の額とした額が独立企業間価格と異なるかについて分析を行う場合には、恒久的施設帰属所得に係る所得の調査等に係る事務運営指針1-2(2)により移転価格事務運営指針3-10(1)《企業グループ内における役務提供に係る独立企業間価格の検討》を必要に応じ参考とすることとされることから、一定の要件を満たす本支店間の役務提供(低付加価値本支店間役務提供)は、簡便的な方法により独立企業間価格を算定することができることとなると考える。したがって、当該役務提供は、ここで検討する簡便法の対象から除くこととする。)。
 この場合の利益率は、措法66条の4の3第2項各号に定める内部取引の対価の額とされるべき額の算定方法(以下「原則法」という。)により算定される独立企業間価格に近いものが算出されるように設定する必要があることから、対象法人の業種別又は内部取引の内容に応じて設定することが必要となる。ただし、利益率をこのように細かく設定をしたとしても、移転価格上のリスクが高い取引(重要な無形資産の使用や重要なリスクの引受けがなされている取引)については、あらかじめ定められた利益率に基づき独立企業間価格を算定することは適当ではなく、当該取引については簡便法の適用対象外とすることが必要と考える。

ハ 原則法と簡便法の選択適用
 簡便法の適用により算定される独立企業間価格が、原則法により算定される独立企業間価格と異なる場合、納税者に有利な価格を選択することができるかが問題となる。簡便法の適用者に対し、原則法の適用を認めないとした場合、より適切な独立企業間価格の算定を納税者に認めないこととなり、このことは、二重課税又は二重非課税を拡大させる可能性をもたらすこととなる。また、最適な手法の適用を求める独立企業原則に反すると考えることもできる。したがって、簡便法は、原則法との選択適用ができることとすることが適当と考える。

3 結びに代えて

本稿は、帰属主義の適用に伴い、今後生ずることが想定される法人税法上の諸問題として、5つの論点を取り上げ、検討を行った。しかし、今後生ずる問題点は、当該論点以外にも想定されるところである。
 例えば、機能・事実分析に基づく機能、資産及びリスク等の恒久的施設への帰属の判定基準、本店配賦経費と内部取引に係る役務提供の区分、内部取引に係る公正処理基準の適用などである。
 これらの問題に関しては、時間の関係上、本稿では検討できなかったが、いずれも重要な問題であり、今後の課題といえる。
 また、PEレポートの位置付けについて、本稿では法令解釈という視点からの検討を行ったが、ソフトローとしての役割・効果についての検討を行うことも、PEレポートの位置付けを補完するものとして有用であると考える。この点も今後の課題に加えることとする。
 法令解釈に疑義があるということは、そこに税務リスクがあるということであり、その点は、早急に解消していかなければならないところである。
 本稿が、税務リスク解消の一助となれば幸いである。


目次

項目 ページ
はじめに 403
第1章 外国法人に係る帰属主義の概要 408
第1節 恒久的施設帰属所得 408
1 恒久的施設帰属所得の意義 408
2 内部取引と外部取引 410
3 恒久的施設帰属所得に係る所得の金額 410
4 恒久的施設帰属所得に係る行為又は計算の否認 411
第2節 独立企業間価格の算定 411
第2章 条文解釈におけるPEレポートの位置付け 413
第1節 条約解釈におけるコメンタリーの位置付けの検討 413
1 条約解釈におけるコメンタリーの位置付け 414
2 「解釈の補足的手段」としてコメンタリーを援用することの適否 418
第2節 条約解釈におけるPEレポートの位置付け 421
第3節 OECD承認アプローチの各国への適用範囲と新旧7条コメンタリー及びPEレポートの援用範囲 422
第4節 法法138条1項1号の解釈におけるPEレポートの位置付け 424
1 法法138条1項1号の解釈におけるPEレポートの援用の適否 424
2 国内法における帰属主義関連条文の立法資料としての効果 426
第5節 コメンタリー及びPEレポートの記載内容を根拠とした更正処分の適否 428
第3章 内部取引の否認における機能・事実分析の必要性 429
第1節 機能・事実分析の必要性 430
1 「機能及び事実の分析」に対するPEレポートの考え方 431
2 「機能及び事実の分析」と「機能分析」の比較 432
3 機能・事実分析の必要性 438
第2節 更正通知書に記載すべき更正の理由 438
第4章 法法138条1項1号の機能・事実分析に基づく内部取引の否認と同法147条の2の適用による内部取引の否認の差異及び同条適用上の不当性の判断基準 440
第1節 法法138条1項1号の機能・事実分析に基づく内部取引の否認と同法147条の2の適用による内部取引の否認の差異 440
1 個別否認と行為計算否認の差異 441
2 機能・事実分析に基づく内部取引の否認と法法147条2の適用による内部取引の否認の差異 446
第2節 法法147条の2における不当性の判断基準 451
1 法法132条の不当性の判断基準 451
2 法法132条の2の不当性の判断基準 452
3 法法132条の3の不当性の判断基準 453
4 法法147条の2の不当性の判断基準 454
第3節 補足的検討 459
1 法法147条の2の「行為又は計算」の「行為」の意義 459
2 法法147条の2の「行為又は計算」の「計算」の意義 461
3 法法147条の2を設ける意義 464
4 法法147条の2と租税条約 466
第5章 内部取引の隠蔽・仮装に対する重加算税賦課の適否 471
第1節 重加算税の賦課要件 471
第2節 内部取引に係る事実の隠蔽・仮装 473
1 内部取引に係る事実の隠蔽とその立証 473
2 内部取引に係る事実の仮装とその立証 475
第6章 内部取引に係る独立企業間価格の算定における簡便法の導入の提言 477
第1節 簡便法の検討 478
1 2008年版モデル条約7条4項の配分方式 478
2 Global Formulary Apportionment 479
3 セーフハーバー・ルール 480
4 低付加価値グループ内役務提供(low value-adding intra-group services)に係る対価の算定方法 481
5 簡便法で採用可能な方法 482
第2節 簡便法の適用要件 483
1 対象法人 483
2 算定方法 484
3 利益率の改訂 485
第3節 簡便法の規定の創設 485
結びに代えて 487