森 文人
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

平成23年12月改正で、国税の調査の開始から終了までの手続が通則法に法定化され、平成25年1月1日以後の質問検査等に適用されている。この改正は、調査手続の透明性及び納税者の予見可能性を高め、調査に当たって納税者の協力を促すことで、より円滑かつ効果的な調査の実施と申告納税制度の一層の充実・発展に資する観点及び課税庁の納税者に対する説明責任を強化する観点から、従前の運用上の取扱いを法律上明確化したものとされている。
 この手続法定化前は、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解されており(最高裁昭和48年7月10日第三小法廷決定)、調査手続の単なる瑕疵は更正処分に影響を及ぼさないものと解すべきであり、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り、その処分に取消原因があるものと解するのが相当である(東京高裁平成3年6月6日判決)とする、いわゆる折衷説が裁判例・学説で支持されてきた。
 手続法定化後において、調査手続の違法と課税処分の関係はどのように考えられるか。手続法定化前と変わらないのか、変わるのか。裁判所や国税不服審判所の判断が徐々にみられるようになってきた今の段階で、この点を検討・整理するのが本稿の目的である。

2 研究の概要

(1)法定化前の調査手続の違法と課税処分

イ 折衷説の内容(法定化前の判断要素)
 調査手続法定化前において、調査手続の違法と課税処分について判示した裁判例をみると、調査手続の違法は当然には課税処分の取消事由とならないが、一定の場合には課税処分の取消事由となるとする折衷説を採るものが太宗を占め、有力な学説も折衷説によっている。これは、実体(租税の公平確実な賦課徴収や税務行政の効率性)と手続(適正手続保障)とのバランスを保とうとする妥当なものといえる。
 折衷説を採る裁判例からは、調査手続の違法が課税処分の取消事由となるのは、「調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合」(東京高裁平成3年6月6日判決)といえ、本稿では、これを、調査手続に「調査なしと同視し得る重大な違法」がある場合といい、手続法定化前の判断要素と位置付ける。
 この「調査なしと同視し得る重大な違法」という判断要素の見方を変えると、違法収集証拠排除の考え方に通ずる。すなわち、違法収集証拠排除の考え方とは、課税処分の前提となる調査を、課税要件事実を認定するための個々の資料の収集活動の集合体と捉えて、その収集活動の違法が調査なしと同視し得るほど重大な場合に、それにより収集された個々の資料の証拠能力を否定し、当該資料は課税処分の基礎として用いることができないとするものである。

ロ 「調査なしと同視し得る重大な違法」の射程
 「調査なしと同視し得る重大な違法」という判断要素は、「調査により」更正決定するとしている通則法24条等の解釈から導き出されるものであるが、通則法24条等の規定は何ら改正されていないから、この判断要素は手続法定化後においても引き続き有効と考えられる。
 他方、最高裁昭和48年7月10日第三小法廷決定以降、手続法定化前においては、実定法上定めのない事前通知や調査理由の告知等といった手続を欠く調査が違法であると認定した裁判例はなく、調査が違法とされるのは、任意調査として許容される限度を著しく逸脱するような質問検査権の行使がある場合に限られていた。このことからすると、「調査なしと同視し得る重大な違法」という判断要素は、事実上、質問検査権の行使の場面に当てはまるものだったといえ、平成23年12月改正で法定化されなかった質問検査権の行使の場面(質問検査の範囲・程度・手段等が問題となる場面)によく当てはまる判断要素として引き続き機能するものと考えられる。

(2)行政手続の瑕疵と行政処分

イ 裁判例の検討
 税務行政以外の行政手続一般について、個別法又は行政手続法に定められている手続に瑕疵がある場合の行政処分の効力がどのように扱われているか。
 平成5年の行政手続法制定前の最高裁判例をみると、法の定める手続に違反したという事実のみをもって直ちに処分の取消事由としているのではなく、法がその手続を要求している趣旨目的が吟味され、手続違反がその趣旨目的に反する程度に至っているかどうかが検討されている。下級審裁判例も同様であるが、処分が実体的に正しいとしても手続の瑕疵があれば処分の取消事由になると判示したり、手続を完全に懈怠したという手続違反の重大さを問題としているものもある。
 行政手続法制定後の下級審裁判例をみると、適正手続四原則(告知・聴聞、理由の提示、文書閲覧、審査基準の設定・公表)に違反する手続によりされた行政処分は、原則として、その手続の違法をもって処分の取消事由となると判断されているが、それぞれの手続の趣旨目的に応じて判断している裁判例もみられる。

ロ 行政手続一般における判断要素
 裁判例等を踏まえると、行政手続一般に瑕疵がある場合の行政処分の効力については、法定されている手続が執られていないということのみをもって直ちに処分の取消事由となるのではなく、法が手続を要求している趣旨目的、瑕疵ある一部手続と手続全体との関係、手続違反の程度(手続違反の程度を検討する際の一つの考慮要素として、結果に影響を及ぼす可能性)などの要素を総合考慮した上で、手続違反が手続を要求する法の趣旨目的に反するほど重大であるか否かによって、処分の効力が判断されるものといえる。

(3)手続法定化後の裁判例・裁決事例

イ 裁判例
 新たに法定化された調査手続に関する裁判例で公表されたものは3件(事案としては2件)ある。
 千葉地裁平成28年4月19日判決(その控訴審東京高裁平成28年10月26日判決)は、納税義務者の取引先等に対して質問検査等を行う場合には、納税義務者に事前通知をしなくても更正処分は違法ではないと判示している。
 また、長崎地裁平成28年5月10日判決は、調査終了時の説明は更正決定等の理由の提示と同程度のものが要求されるものではなく、税務調査の結果、更正決定をすべきと認めたこと並びに更正決定すべき額及び賦課決定すべき過少申告加算税額、その理由として、帳簿の記載を否認しないで更正決定等をする場合には、法令の適用関係及びそれに関する税務当局の法解釈等を説明すれば足りるとし、また、修正申告の勧奨は、申告納税制度の趣旨に照らして、納税者自らその納税義務の内容を確定することが望ましいとの見地から、通則法74条の11第3項により権限として規定されたものにすぎず、原告が調査担当者らの説明に納得し、慫慂に応じる状況はうかがわれないから、調査担当者らが修正申告の勧奨しなかったことに違法性はないと判示している。

ロ 裁決事例
 新たに法定化された調査手続に関する国税不服審判所の公表裁決事例は15件あり、事前通知に関するものが7件、調査結果の内容の説明等に関するものが11件、修正申告等の勧奨に関するものが1件、再調査に関するものが1件のほか、調査手続の違法を理由に修正申告等の無効を主張する事例が1件となっている(1つの事例に複数の項目が含まれる裁決があるため、項目の合計件数は事例の件数と一致しない。)。いずれの裁決事例でも、課税処分の取消し等を求める納税者の主張は排斥されている。

(4)法定化された調査手続の違法と課税処分の効力

イ 法定化後の判断要素
 手続法定化後においても、調査手続の違法は当然には課税処分の取消事由とならないが、一定の場合には課税処分の取消事由となると解すべきと考える。手続遵守の要請が常に租税の公平確実な賦課徴収の要請に勝るとは考えられないからである。
 それでは、手続法定化後において、調査手続にどのような違法がある場合に課税処分の取消事由となると考えるべきか。
 通則法24条等の「調査により」を解釈した法定化前の「調査なしと同視し得る重大な違法」という判断要素は、上記(1)ロで述べたとおり、平成23年12月改正で法定化されなかった質問検査権の行使の場面(質問検査の範囲・程度・方法等が問題となる場面)によく当てはまる判断要素として引き続き機能するものと考えられる。
 そして、同改正で通則法に新たに「第7章の2 国税の調査」が設けられたことからすると、従前の通則法24条等に加え、同章の規定(同法74の7及び74の9ないし74の11)も課税処分の効力を判断する根拠規定になるといえる。税務調査手続が新たに法令に規定されたということを大きな次元の変化と認識し、この新たに規定された法令を、その立法趣旨・立法目的に合うように解釈することにより、調査手続の違法と課税処分の効力を判断することが考えられる。このように解釈することは、行政手続一般における判断要素にも通ずるものがある。そこで、新たに法定化された事前通知の手続や調査の終了の際の手続については、通則法がその手続を要求している趣旨目的に照らし、調査手続に「趣旨目的に反するほど重大な違法」があるかどうかによって、課税処分の効力を判断することが考えられる。

ロ 調査手続の違法と課税処分の関係(まとめ)
 「趣旨目的に反するほど重大な違法」という判断要素によって、事前通知の手続及び調査の終了の際の手続について、手続ごとに、その趣旨目的、想定されるケース、ケースごとに、手続が違法となるかどうか、手続が違法となるときに課税処分が取り消されるかどうかを検討しておおまかにまとめたのが次々頁の表である。
 まず、手続は違法となるが、課税処分は取り消されない類型として、事前通知事項の一部が欠落していた、修正申告等の勧奨の際に法的効果の説明や教示書面の交付を行わなかった場合がある。これらの場合は、所定の手続を執っていないため手続は違法となるが、通常はその趣旨目的に反するほど重大な違法とはいえないから、課税処分が取り消されることはないと考えられる。
 次に、手続は違法となり、課税処分が取り消される類型の一つとして、手続の完全懈怠の場合がある。特段の事情なく、調査結果の内容の説明を行わなかった場合がこれに当たる。この場合の手続の違法が、納税者にとって課税当局による不意打ちとなり、調査手続に対する納税者の信頼や期待を著しく損なうこととなる場合には、税務当局の納税者に対する説明責任を強化するという調査結果の内容の説明の趣旨目的を没却する重大な違法であるから、通常は課税処分が取り消されることになると考えられる。
 手続は違法となり、課税処分が取り消される類型のもう一つとして、課税当局の判断が合理性を欠く場合がある。事前通知を要しない場合に該当する、あるいは再調査の要件を満たすと課税当局が判断した理由に合理性がないと裁判所が判断した場合がこれに当たる。もっとも、こうした課税当局の判断はその専門技術的裁量に委ねられるから、裁判所が課税当局の判断に合理性がないとして手続が違法となるのは、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等によりその判断が全く事実の基礎を欠く場合や、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等によりその判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られると考えられる。そして、裁判所が違法と判断すれば、通則法が事前通知や再調査の手続を求める趣旨目的に反する重大な違法となるから、この手続の違法は課税処分の取消事由となるが、この場合に取り消される課税処分の範囲は、違法収集証拠排除の考え方によれば、違法な手続により収集された資料を基礎とする部分に限られると考えられる。
 課税当局としては、仮にも、定められた手続を完全に懈怠したり、その判断に合理性がないと裁判所に判断されたりすることがないよう、特に、事前通知をしない、あるいは再調査をすると判断する際には、法令や通達に従ってその適否を慎重に検討する必要がある。

趣旨目的・想定されるケース

目次

項目 ページ
はじめに128
第1章 法定化前の調査手続の違法と課税処分130
第1節 課税処分と税務調査130
1 納税義務の確定手続130
2 課税処分と調査131
3 質問検査136
第2節 調査手続の違法と課税処分に関する裁判例の概観140
1 消極説141
2 折衷説142
3 積極説149
4 最高裁判所の判断149
第3節 学説の概観150
1 消極説150
2 折衷説151
3 積極説157
第4節 検討158
1 折衷説の妥当性158
2 折衷説の内容158
3 調査手続の違法162
4 「調査なしと同視し得る重大な違法」の射程167
第2章 行政手続の瑕疵と行政処分169
第1節 裁判例の概観169
1 行政手続法制定前の裁判例170
2 行政手続法制定後の裁判例179
第2節 解説・学説の概観185
1 群馬中央バス事件の最高裁判所調査官解説 185
2 地方裁判所判事による解説188
3 塩野宏名誉教授の見解190
第3節 検討193
1 行政手続法制定前の裁判例193
2 行政手続法制定後の裁判例195
3 行政手続一般における判断要素197
第3章 手続法定化後の裁判例・裁決事例199
第1節 裁判例の概観200
1 千葉地判平成28年4月19日
東京高判平成28年10月26日
200
2 長崎地判平成28年5月10日200
第2節 裁決事例の概観202
1 事前通知に関するもの202
2 調査結果の内容の説明等に関するもの203
3 修正申告等の勧奨に関するもの204
4 再調査に関するもの205
5 調査手続の違法を理由に、修正申告等の無効を主張するもの206
第3節 裁決事例の検討207
1 事前通知に関する平成27年7月21日裁決207
2 調査結果の内容の説明に関する平成27年5月26日裁決208
3 修正申告等の無効を主張する平成27年3月26日裁決212
第4章 法定化された調査手続の違法と課税処分の効力216
第1節 法定化されなかった調査手続の扱い216
1 質問検査権の法的性格216
2 法定化されなかった調査手続の扱い216
第2節 法定化された調査手続と課税処分の効力の判断要素217
1 国税通則法の目的217
2 身分証明書の携帯・提示220
3 法定化後の判断要素222
第3節 共通事項226
1 事務運営指針に定める手続226
2 調査経過記録書等の記載229
第4節 事前通知230
1 改正前の概要230
2 改正の内容230
3 趣旨目的233
4 事前通知に関する事例の検討235
第5節 調査結果の内容の説明249
1 改正前の調査の終了の際の手続の概要249
2 調査の終了の際の手続に関する改正の内容250
3 調査結果の内容の説明の趣旨目的252
4 調査結果の内容の説明に関する事例の検討254
第6節 修正申告等の勧奨257
1 趣旨目的257
2 修正申告等の勧奨に関する事例の検討259
第7節 再調査264
1 趣旨目的264
2 再調査に関する事例の検討266
結びに代えて269