作田 隆史
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的

調査手続等に係る平成23年度の国税通則法の改正が適用されて約5年が経過した。この改正は、税務行政に多大な影響を与えたといわれるが、税務調査のパフォーマンスに与えた影響が特に注目されている面がある。そこで、一度、より広範囲に、税務行政全般への影響を分析・評価しておくことが有用であると考え、整理を試みたものである。

2 今回改正の各方面からの評価

識者の評価としては、「これまでの課題」に応えたものではあるが、課題は残っているとするものが多い。課題に応えたとの評価では、調査手続の整備ばかりではなく、特に、不利益処分の理由提示(行政手続法)の適用除外が廃止されたことが高く評価され、また、更正の請求の期間延長等も含めて評価されている場合が多い。調査手続については、事前通知の法定化を評価する者が多く、調査終了の手続についての積極的な評価は必ずしも多くはない。残された課題としては、納税者憲章を指摘する者が多いようである。また、今回改正での事務量増加による調査パフォーマンスの低下を心配する声があったところ、調査パフォーマンスの低下は確かに生じている。
 今回の国税通則法の調査手続等の改正は、「手続の透明化」「納税者の予見可能性」「課税庁の説明責任の強化」等をその趣旨とするものであるけれど、その背景を探ると、多様な要因が関係していた。それぞれの視角からみると、今回の改正は、これまでのすべての課題に応えたものではなく、課題の一部を残し、課題の一部を解決して行われた改正であるといえる。政治的環境等、OECDの議論等からみると、特に納税者憲章が論点として残されたようであり、行政手続法等をめぐる議論からは、調査手続一般についての行政手続法への規定が論点として残されている。また、特に質問検査権の分野では、法定すべき事項について多様な提案があり、論者によっては、論点も多く残されているという評価になる。

3 今回改正された手続の分析

今回改正された手続を個別にみると、円滑な行政を確保するための手続(協力要請の前提としての公正さを確保する手続)が法定化されただけにみえるけれど、それらの手続を、機能によって組み合わせて観察すると、そこに手続固有の価値を持つ「実体的適正を担保する手続」、「調査対象者の権利を保護する手続」が含まれている。
 その一つは、「更正決定等をすべきと認められない旨の通知」である。それは、調査再開(再調査)の手続(条件)とあわせ、調査再開に理由(新たな情報に照らし非違を認める)が必要なことを保障する。このため、これらの手続は、「調査」という装置自体の再発動の手続(条件)ということであり、調査の濫用を防止する調査対象者の権利保護の手続と理解される。手続固有の価値を持つ可能性がある。
 また、もう一つは、修正申告の勧奨であり、調査結果の説明である。修正申告の勧奨自体は「できる」規定であるけれど、権利救済のルートが整備され、勧奨に応じて修正申告をすれば、調査の再開には新たな理由(新たな情報に照らし非違を認めること)が必要とされることになる。また、そこに合意、交渉の機会が含まれる可能性も指摘されており、調査結果の説明時に勧奨を受けて、その内容で修正申告を行うことは、平等取扱原則(不平等取扱禁止原則)も考慮すれば、納税者の「権利」と位置づけるのが適切と考えられる。その際には、調査結果の説明は、修正申告すべきか納税者が判断するための必須の情報の提供であり、また、修正申告の勧奨に対しては理由の提示でもあって、理由付記と同様、恣意抑制機能ないし慎重配慮確保機能、不服申立便宜機能(修正申告しない選択をする上での便宜供与機能)、相手方に対する説得機能、決定過程公開機能を果たそう。あるいは、納税者による修正申告の内容自体に対しても、実体的適正を担保する機能を持つ。
 また、調査結果の説明は、単独でも(修正申告の勧奨が行われなくても)、暗黙の修正申告の勧奨効果を持つと考えられる上、やはりそうした暗黙の勧奨に対して、修正申告すべきか否かの判断のための必須の情報の提供であり、また、修正申告すべき理由の提示でもあって、理由付記と同様の各種機能を果たし、また、修正申告の内容自体に対しての実体的適正を担保する機能を持つ。
 このため、修正申告の勧奨を受けることに、納税者の権利ともいうべき手続固有の価値を認めることができ、また、調査結果の説明手続単独でも、調査結果で修正申告を行うという「暗黙の勧奨」に対して「理由の提示」という適正手続四原則と同様の機能を有することから、やはり手続固有の価値を認めることができる。
 以上見たように、更正決定すべきと認められない旨の通知ならびに修正申告の勧奨及び調査結果の説明は、手続固有の価値を持つものと考えられる。

4 修正申告の勧奨について

修正申告の勧奨自体は、法定されたとはいえ「できる」規定である。しかし、上で見たように、修正申告の勧奨、調査結果の説明は、手続固有の価値を持つ手続であると考えられ、また、審査請求の争点の推移を見ると、法定化された「実体的適正を担保する手続」の争点(調査結果の説明、理由付記)が増加しており、これら手続への関心が高いことが分かる。
 納税者にとって、修正申告の勧奨には、納得の下に是正が行われる、心理的抵抗や軋轢が少ない等の多くのメリットが存在している。さらに、申告納税制度には、なるべく納税者自らその納税義務の内容を確定することが望ましいとする考え方が存在するし、修正申告の勧奨による是正は、納税者と税務行政庁の相互チェックによる望ましい是正方法と位置づける考え方もある。そして、そこには、事実認定についての交渉・合意が存在する可能性も指摘されるところ、事務運営指針では、そうした交渉・合意の存在が前提とされている。このように、修正申告の勧奨を税額確定の第三のルートと位置づけるべき積極的な理由が存在することに加え、今回の改正では、修正申告の勧奨は、その権利救済方法も含めて整備が行われた。このため、審査請求での争点が増加するなど、納税者の関心も高まっているものと考えられる。
 こうしたことから、調査結果の説明、修正申告の勧奨については、第三の税額確定ルートとして位置付け、積極的に活用していくべきであると考えられる。

5 「合意」の税務行政析

「修正申告の勧奨」は極めて強固な、力強い制度として整備され、そしてまた、活用されている様子が伺える。調査手続等の事務量の増大を背景に、調査のパフォーマンス低下は認められるものの、簡易な接触、コーポレートガバナンスの活用、そして修正申告の勧奨等により修正申告等による申告是正の割合は増えており、また、理由付記による説得効果もあって、再調査の請求が減少し、わが国の税務行政は「合意」重視へと動いている。国税庁の各種資料からも、納税者との「合意」を重視した運営を確認することができる。
 この「合意」による税務行政は、これまでのOECDの研究や提言に沿ったものであり、また米国等海外の税務行政ともパラレルな動きである。調査パフォーマンスの低下についても、他国と比べて、わが国の実調率が低いわけではなく、また、OECDの分析では、実調率と修正率(調査先のうち修正される割合)には逆相関の関係がみられることもあり、わが国でも各国同様、「合意」による税務行政を活用していくことが有効かつ必要な方策であると考えられる。

6 今後の研究課題

今回は調査手続等の事前行政手続を取り上げて分析したが、行政手続については、事前手続と事後手続のバランスをとって検討する必要性が指摘されるところである。「合意」による行政によって、今後、長期的には、不服申立が減少する可能性も考えられるところであり、特に平成26年度改正で再調査の請求の義務的前置が廃止されたこととあわせ、今後の不服申立制度のあり方について、研究を行う必要が認められよう。


目次

項目 ページ
第1章 国税通則法の改正(平成23年12月)10
第1節 主な改正事項10
第2節 税務調査手続の流れと改正事項11
第2章 改正に対する識者の総合的評価20
第1節 識者の総合的評価20
第2節 事務量増加の影響24
第3節 小括26
第3章 改正の背景と各視角からの検討27
第1節 政治環境等27
第2節 OECD等海外の状況31
第3節 行政手続法をめぐる議論35
第4節 質問検査権等をめぐる議論42
第5節 小括47
第4章 行政手続の意義と税務調査手続等48
第1節 行政手続と税務調査手続48
1 広義の行政手続と狭義の行政手続48
2 税務行政調査の特殊事情50
3 税務調査手続における手続固有の価値54
第2節 税務調査手続等の分類58
1 実体的適正を担保する手続と調査対象者の権利を保護する手続58
2 調査終了の手続について60
3 その他の手続62
4 今回改正された手続のまとめ63
第3節 税務調査手続等に係る審査請求争点の推移64
1 争点の分類64
2 争点の推移65
3 争点についての判断(裁決例)66
第4節 小括76
第5章 修正申告の勧奨の位置付け(第三の税額確定ルート)79
第1節 理論的背景79
1 申告納税制度(納税者自らの税額確定制度)79
2 事実認定についての交渉・合意が存在する可能性80
第2節 今回改正による整備83
1 修正申告のメリット・デメリット83
2 指摘されていた問題点と制度整備87
第3節 小括(第三の税額確定ルート)89
第6章 「合意」の税務行政90
第1節 わが国の税務行政90
1 活用の状況(統計)90
2 国税庁レポート95
3 国税庁長官講演資料96
4 その他97
第2節 OECD・海外等の状況98
1 OECD98
2 米国103
3 英国106
4 ドイツ107
第3節 小括109
第7章 まとめと課題110