古谷 勇二
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

相続税法は相続財産を時価で課税し、他方、所得税法は相続財産のキャピタルゲイン(含み益)につき、相続時には原則として課税を繰り延べ、相続後に生じたキャピタル・ゲインと合わせ、一括して課税している(所得税法60条1項、取得費の引継ぎ)。前者は、相続による経済的価値の移転に着目した課税であり、後者は資本所得への課税である。このように、従来、相続税と所得税は別個の体系の税目であることから二重課税は存在しないと理解されてきた。
 ところが、いわゆる「生保年金二重課税判決」(最三小判平成22年7月6日)は、所得税法9条1項16号の趣旨を「同一の経済的価値に対する相続税・贈与税と所得税の二重課税を排除したもの」と解した上で、年金支給額のうち相続税の課税対象となる部分については所得税法9条1項16号により所得税の課税対象とはならない旨の判示をした。これは、相続税と所得税において、何が当該判決のいう二重課税に当たるのかという争点を新たに提示するものであった。
 当該判決を契機として、相続前に発生したキャピタル・ゲインについて、所得税を課することは二重課税に当たるとして、二つの訴訟(東京地判平成25年6月20日(控訴審:東京高判平成25年11月21日)、東京地判平成25年7月26日(控訴審:東京高判平成26年3月27日))が相次いで提起されているが、いずれも棄却されたところである。しかしながら、上記裁判例には、「生保年金二重課税判決」の射程が及ばない論拠として、上記裁判例で相続税の課税対象であった不動産と「生保年金二重課税判決」で相続税の課税対象であった生命保険の年金である定期金との実質的差異が明確に説明されていない、所得税法9条1項16号と同法60条1項1号の整合性について深く検討がなされていない等の批判がある。また、清算結了前の株式を相続した場合に、相続税と所得税が課されるのは二重課税に当たるとして提起され、棄却された訴訟(第一審:大阪地判平成27年4月14日、控訴審:大阪高判平成28年1月12日)もある。
 このように、どのような場合において「生保年金二重課税判決」がいう相続税と所得税が二重課税となり得るか否かについては必ずしも明らかになっていないため、課税関係を整理する必要がある。

2 研究の概要

(1)相続税と所得税の二重課税についての従来の見解

イ 二重課税の概念
 二重課税とは、多義的な不確定概念であるが、一般的に、一の納税者に対して、一の課税期間において、一の課税要件事実、行為ないし課税物件を対象に、同種の租税を二度以上課すことを指すとされる。
 二重課税については、「二重課税に該当するとしても、これを排除又は調整するか否かは、専ら立法政策上の問題であり、仮にその課税が二重課税に該当するものであるとしても、これを排除する租税法上の明文の規定がない限り、そのことをもって直ちに違法(憲法違反)であるということはできない」とする見解がある。つまるところ、二重課税であるからといって、直ちに違法又は違憲であるとする根拠も見当たらず、どのような税体系を仕組み、どのような二重課税を排除するかは租税政策の問題であり、立法府の裁量に委ねられているということであろう。

ロ 税制調査会答申及び裁判例
 昭和38年税制調査会答申では、年金受給権の相続税と所得税の二重課税問題について、「一般に、資産を相続した際、相続税が課され、さらに相続人がその資産を譲渡すれば、被相続人の取得価額を基として所得税が課税されることと同じ問題であって、所得税と相続税とは別個の体系の税目であることから、両者間の二重課税の問題はないものと考える。」と答申しており、理論的には、二重課税の問題はないとの整理をしていた。
 また、高松高裁平成8年8月29日判決は、「相続税は相続によって取得した財産に対して課税するものであり、所得税は実現した所得(価値の増加)に対して課税するものであって、両者は課税対象を異にしている」とし、「所得税法九条一項二〇号が、『相続により取得するもの』を非課税としているのは、相続という同一原因によって相続税と所得税とを負担させるのは、同一原因により二重に課税することになるのでこれを回避し、相続税のみを負担させるという趣旨であり、相続後に実現する所得に対する課税を許さないという趣旨ではない」と判示している。

(2)所得税法9条1項16号について

イ 沿革
 所得税法9条1項は、「次に掲げる所得については、所得税を課さない」とし、16号に「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法の規定より相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」としている。
 この規定は、昭和22年の全文改正時に創設されたものである。そして、シャウプ勧告を受けた昭和25年の税制改正において、第6条1項の柱書で、「左に掲げる所得については、所得税を課さない」とし、7号で「第9条第1項第9号に規定する所得のうち、相続、遺贈又は個人からの贈与に因り取得するもの(相続税法の規定により相続、遺贈又は贈与に因り取得したものとみなされるものを含む。)」と改正された。この「第9条第1項第9号に規定する所得」とは、一時所得を指すことから、一時所得のうち、相続等による所得について非課税とされたと考えられる。
 その後、昭和37年の改正で、「第9条第1項第9号に規定する所得」との文言がなくなり、現行法とほぼ同じ規定となった。
 このような改正の経緯を辿ったのは、包括的所得概念が採用されたことに伴い、所得類型として一時所得が定められ、その包括的所得概念からすれば、相続、贈与により取得するものも、財産の移転による所得ということになり、所得税が課されることとなったため、これらの調整を図るため、所得税について当該非課税規定が設けられたと考えられる。

ロ 趣旨
 所得税法9条1項16号は、相続・遺贈または贈与により取得した財産には相続税と所得税の二重課税を排除するために規定されていると考えられる。
 ここで、当該非課税規定がどの場面で二重課税を排除するかを理解するために、被相続人から相続人に承継される資産をめぐる場面ごとに分解して課税関係を捉える見解がある。この見解においては、相続人が相続により当該資産を取得した時点で、相続人は、相続により経済的利益を取得するので、包括的所得概念を前提とすれば、相続人によるこの経済的利益の取得について、担税力の増加を認めることになる。したがって、本来であれば、相続人による経済的利益の無償取得について、所得税が課税されるべきである。しかし、相続による経済的利益の取得は、「一時的・偶発的・恩恵的」なものであり、相対的に担税力が小さいなどの特殊性の故に、所得税とは別に相続人の相続税の対象とされる。よって、この段階で相続人が取得した経済的利益について、所得税を非課税とすることが所得税法9条1項16号の趣旨であると考えられる。
 上記の見解は、前述した所得税法9条1項16号が導入された沿革からも正当であると考える。なぜならば、所得税の包括的所得概念の採用に伴い、相続による財産の移転が所得と考えられることにより導入されたものであり、所得税が非課税とされるのは、あくまで相続等による財産の移転の場面に限定されると考えられるからである。

(3)生保年金二重課税判決

最高裁は、まず、所得税法9条1項16号の趣旨を「同号にいう『相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの』とは、相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される」とした。その上で、その者に帰属する所得とは、「当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、同号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される」とした。すなわち、所得税法9条1項で非課税とされるのは「所得」であり、所得とは経済的価値であるので、取得した資産で判断するのではなく、経済的価値が同一か否かで判断すべきであり、法的には異なる権利であっても、経済的価値が同一であるものに相続税と所得税を課さないのが9条1項16号の解釈であるとしたのである 。そのような解釈から、これらの年金の各支給額のうち上記現在価値に相当する部分は、相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものということができ、所得税法9条1項16号により所得税の課税対象とならないとした。本判決は、以上のように説示し、納税者の請求を認容した。
 本件で、争いの対象となった財産は生命保険契約に係る年金(受給権)である。本件判決は、生命保険契約に係る年金(受給権)の性質や従来の課税関係が影響したものと思われる。以下では、生命保険契約の性質等について検討する。

イ 本件生命保険契約の性質
 本件では、年金払生活保障特約として10年間、毎年230万円を受け取る権利(年金受給権)を相続人が取得した。年金の支給を受けた場合、保険料との差額につき、所得税課税がされる。本件では相続により原告への資産の移転があったとみなして、年金受給権に相続税が課され、年金支給時に所得税(雑所得)が課されていたということである。
 生命保険契約に基づいて支払われる保険金と保険料の関係については、契約者と保険受取人が同一で、保険事故が発生して保険金が支払われる場合、その保険金の額からその支払保険料を差し引いた金額は、その保険受取人の所得に該当し、所得税の課税対象となる。一方、年金保険の場合、契約者が受給していれば、保険料との差額が所得となっており、契約者に保険料との差額が課税されている。
 ところが、契約者と被保険者は同一で、保険受取人が異なる場合、契約者の死亡により保険金が支払われると、契約者の段階で、課税されることがないまま、保険受取人に移転してしまう。これを防ぐには、契約者の死亡する段階で年金受給権を一旦契約者に帰属させ、契約者の所得税を課税した上で、保険受取人に差額を相続等により取得したとみなして、課税することが望ましいが、年金受給権自体は未実現所得であり、年金が受給されるまで具体的に確定しないと考えられているため、所得税法上、年金の受給日まで収入金額に入れるのは難しいと考えられる。
 また、自己を被保険者とする生命保険契約の契約者の死亡を保険事故として取得する生命保険金の請求権は、相続税法上、本来の相続財産ではなく、みなし相続財産であることにも留意すべきである。生命保険金の請求権は、法律上の相続の効果で取得するものでなく、保険事故の発生によって、保険金受取人が原始的に取得するのが通説の見解である 。保険受取人が原始的に取得するということは、法律的には、相続又は遺贈によって取得した財産であるといえないということになる。そこで、相続税法では、生命保険契約の保険金を相続又は遺贈により取得したものと同視すべき財産であるので、相続税負担の回避を防ぎ、実質的な公平を図るため、みなし相続財産として相続税の対象としている(相続税3条)。

ロ 従来の課税関係における一時金と年金の不均衡について
 生保年金二重課税判決以前は、生命保険契約に係る生命保険金を一時金で受け取る場合と年金で受け取る場合とで、一時金の場合は相続課税のみ、年金の場合には、相続課税と所得課税の両方が課されていた。このような不均衡が生じていた根本的な原因は、生命保険金を一時金で受け取る場合には、所得と相続が同時に発生するため、所得税法9条1項16号の「相続により取得するもの」という規定が、経済的価値の移転としての所得と資産価値の増加(所得の創出)としての所得について、法解釈上そのいずれにも適用されてしまうことにある。その結果、被相続人に発生するはずであった保険料と保険金との差額に係る所得について所得課税がされないこととなる。所得税法は、相続により移転する経済的価値に対しては、包括的所得概念より所得税法34条の一時所得に該当し、所得税の対象にもなるので、所得税法9条1項16号により相続税と所得税の二重課税を排除しているのである。このことは、前述したとおり、相続税法9条1項16号の沿革からも明らかだといえる。しかしながら、資産価値の増加による所得(所得の創出)にまで適用されることは、同号が本来企図するところではなく、また、満期保険金や未実現の利得の公平の観点から問題があろう。それでも、生保年金二重課税判決は、一時金で受け取る場合との均衡を優先させ、上記判決を下したということであろう。そのことからすれば、やはり、その背景には、前述した生命保険契約に係る生命保険金及び年金受給権の課税関係等の特殊性があったということであろう。

(4)相続税と譲渡所得の二重課税判決

相続税と譲渡所得の二重課税が争われた事件として、東京高裁平成25年11月21日判決、東京高裁平成26年3月27日判決がある。両判決は、共に控訴人(納税者)の請求が棄却され、納税者は上告したが、上告棄却、上告不受理となった。
 本件各譲渡所得判決は、端的にいえば、被相続人の保有期間についてのキャピタル・ゲインの所得税の課税と相続人に対する相続税の課税は、二重課税の関係にないということである。これは、1被相続人の保有期間に係る資産の値上がり益への課税は、被相続人に帰属した利益に対する課税であり、相続人に帰属した利益に対する相続課税とは、二重課税ではない、2所得税法は、被相続人の保有期間に係る資産の値上がり益に対し、相続人段階で課税することを予定しており(所得税60条1項)、これを非課税所得とするのは所得税法の意図するところではないという論理があると思われる。12の論理は、1の論理が、判決の結論を導いている部分であり、2の論理がその結論部分を補強している部分であるといえる。

イ 本件判決と生保年金二重課税判決との関係について
1の論理については、所得税法9条1項16号は、相続等により財産が移転することによる相続人等の経済的利益の取得に対して相続税等を課し、所得税の課税対象とならないことを規定しているものであるということである。これは、前述のとおり、所得税法9条1項16号の沿革から包括的所得概念が導入されたことに伴い、創設されたことからも理解できる。この理解を前提として、生保年金二重課税判決についても、明示的ではないが、毎年受給する年金の価値を年金受給権の相続時の時価として評価し、その運用益部分を分けて考え、年金受給権で相続税がすでに課税された部分については所得税法9条1項16号の適用があるが、運用益への所得税の課税は相続人が相続財産を運用して新たな経済的利益を獲得した段階での課税であり、二重課税には当たらないとしていると考えられる。よって、相続等の対象となったものに所得税を課税しないものであると枠組については、生保年金二重課税判決も同様の理解であると考えられる。
 本件各譲渡所得判決で争点となったのは、被相続人が保有している期間に発生したキャピタル・ゲイン課税を相続人が売却した時点で課税する所得税と、相続人が相続により当該資産を取得した段階で課税する相続税の課税関係である。前述の生保年金二重課税判決の理解に鑑みれば、経済的利益の発生の場面も異にしており、また、その発生の元を辿れば、帰属する主体も被相続人と相続人で異にしている。すなわち、課税される所得分類もそうであるが、そもそもの所得の帰属先を異にしており、二重課税には当たらないと考えられる。

ロ 所得税法60条1項と所得税法9条1項16号の関係について
 譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものであるとされる。他方、所得税法60条1項は、居住者が同項1号所定の贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)により取得した資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算について、その者が引き続き当該資産を所有していたものとみなす旨を定めている。上記の譲渡所得課税の趣旨からすれば,贈与、相続又は遺贈であっても、当該資産についてその時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなして譲渡所得課税がされるべきところ(所得税59条1項)、所得税法60条1項1号所定の贈与等にあっては、その時点では資産の増加益が具体的に顕在化しないため、その時点における譲渡所得課税について納税者の納得を得難いことから、これを留保し、その後受贈者等が資産を譲渡することによってその増加益が具体的に顕在化した時点において、これを清算して課税することとしたものであり、その本旨は、増加益に対する課税の繰延べにある。
 ここで、本件事案のように、居住者が、所得税法60条1項1号に定める事由によって取得した資産を誰かに譲渡したとする。その経済的利得について、所得税法9条1項16号の適用があるとすれば、当該経済的利得は非課税となり、そもそも所得とならないはずである。その場合、所得金額の計算に関する所得税法60条1項1号は適用対象を失い、その存在意義が不分明になる。したがって、所得税法が全体としてそのような仕組みを採っていないと理解することは、論理必然的ではないにしても相当の合理性がある。

(5)相続税とみなし配当所得の二重課税判決

生保年金二重課税判決後に相続税と所得税の二重課税が争われた判決として、前述の相続税と譲渡所得の二重課税判決以外に、相続税とみなし配当所得の二重課税判決がある。当該判決は、第一審(大阪地判平成27年4月14日)、控訴審(大阪高裁平成28年1月12日判決)とも納税者の請求が棄却されている。以下、当該判決について検討する。
 当該判決は、まず、所得税法9条1項16号の趣旨について生保年金二重課税判決を参照して、「同号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される」とした。
 そして、相続開始当時に、残余財産分配請求権を基礎とする本件各分配金に係る債権が既に具体的に発生していたといえないことを理由に、相続によって本件各分配金に相当する経済的価値を取得したといえないとした。
 次に、所得税法9条1項16号と相続により取得した株式に係るみなし配当所得の関係について、まず、所得税法25条1項4号のみなし配当課税の趣旨について、清算手続が結了した法人の残余財産を株主等に対して分配することは、形式的には法人の利益の配当に当たらないものの、実質的には所得税法25条1項4号が定めるみなし配当課税は、株主等が法人の清算に伴い、それまでその法人に留保されていた利益を残余財産の分配として受けたことを課税対象とするものであるから、実質的には利益の配当に相当するということができるため、株主等が残余財産の分配として受けた経済的利益を配当とみなして課税することにしたものと解し、みなし配当課税は、当該法人の株式を相続人が相続した場合における株式についての相続税の課税とは課税対象を異にするとし、みなし配当課税は法人に留保されている利益の分配を原因として実現した経済的利益を課税の原因とするものであるから、所得税法9条1項16号のいう相続等を原因として取得したものということはできないとした。所得税法9条1項16号は、相続等を原因とした財産の移転によって発生する所得に対して非課税とすることに止まるということを確認したものであると考えられる。
 そして、本件株式の評価が残余財産分配金の見込み金額でされている理由については、相続時点での価値として他の評価方法がないからにすぎない、あくまでかかる方法によって本件株式の評価をしたに止まるとの判示をしている。これは清算中の会社の株式の評価方法が、他の方法が選択できない中で、残余財産分配金の見込み金額とするのが適当であったということであって、そのことだけをもって、「同一の経済的価値」に相続税と所得税との二重課税を課したものとはならないであろう。
 また、みなし配当課税については、当時の所得税法に60条のような相続した株の留保利益に対する課税を繰り延べる規定がないことを理由に、被相続人が株式を保有している期間における留保利益(みなし配当金)に相当する経済的価値は相続税として課税することを所得税は予定しており、所得税は所得税法9条1項16号の規定に照らして課税されない旨の原告らの主張に対して、所得税法25条1項4号が、資本金等の額を超える残余財産分配金等を所得税の課税対象としており、当該株主が株主であった期間に係るものに限定されておらず、また、本件株式を相続により取得した場合によってもこの理は変わらないとし、また、生保年金二重課税判決後に定められた所得税法67条の4の規定ぶりからも所得税法が予定した合理的解釈であると裏付けられていると判示している。このことから、所得税法60条1項の規定の適用されない所得分類についても、所得税と相続税の課税対象が異なり、所得税法で課税が予定されていると判断されるものについては、所得税法9条1項16号が適用されないということであろう。

(6)生保年金二重課税判決の射程

前述した相続税と譲渡所得の二重課税判決及び相続税とみなし配当所得の二重課税判決は、所得税法9条1項16号の趣旨については、生保年金二重課税判決を参照し、「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和25年法律第73号)の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」について所得税を課さないこととしているのは、これらによる所得は、相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除するためのものであると解しているが、相続税と譲渡所得の二重課税判決である東京高裁平成26年3月27日判決では「その文言どおり、相続、遺贈又は個人からの贈与に起因する所得に対して所得税を課さないとするにとどまり、相続等によらない所得(相続等以外の他の原因による所得)に対してまで所得税を課さないとする趣旨を含むものではない」とし、また、相続税とみなし配当所得の二重課税判決である大阪高裁平成28年1月12日判決においては「相続等によらない所得についてまで所得税を非課税とするものではない」としている。ここでいう相続等に起因する所得とは、上記(2)のロで述べた相続人が相続により当該資産を取得した時点で被相続人から相続人への相続等により資産が移転することにより相続人等に発生する所得であると思われる。この判示事項と前述した所得税法9条1項16号の趣旨、沿革等から勘案すれば、当該所得以外のものについては、原則的には、所得税法9条1項16号が適用されないと考える。
 また、相続税と譲渡所得の二重課税判決である東京高裁平成25年11月21日判決では、「平成22年最判は、相続人が保険会社から受領する年金払特約付き生命保険の年金について本件非課税規定により所得税が課せられないかどうかが問題となった事案であり、本件とは異にしている」との判示しており、大阪高裁平成28年1月12日判決は、「所得税法が、本件株式の相続による所得とは別に、みなし配当所得が認められる場合に、同所得に対する課税を予定していることは、いずれも・・・認定説示したとおりである。したがって、平成22年最判は、本件と事案を異にするものである言わざるを得」ないと判示している。これらの事案と生保年金二重課税判決が事案を異にしている理由は、やはり前述した生命保険契約に係る生命保険金及び年金受給権の課税関係等の特殊性があったということであろう。よって、生保年金二重課税判決の射程については、直接的には、当該判決で問題となった保険会社から受領する生命保険契約に係る年金(受給権)に限られることが考えられる。そこから生命保険契約に係る年金(受給権)の性質に鑑みれば、本来の相続財産ではなく相続税法上のみなし相続財産等で、相続人等が原始的に取得する資産であり、相続開始時点で将来得ることのできる受領額が確定しており、納税者の選択により、その選択によって課税関係の不均衡が起こるような財産は、生保年金二重課税判決の射程が及ぶ可能性があると考える。

3 結論

生保年金二重課税判決は、問題となった生命保険契約に係る年金の性質や課税関係に特殊性が認められ、非課税規定である所得税法9条1項16号の沿革や趣旨、生保年金二重課税判決後の裁判例からすると、その射程は2の(6)で考察したとおり限定的であると考えられる。


目次

項目 ページ
はじめに187
1 研究の目的187
2 本稿の構成188
第1章 生保年金二重課税判決189
第1節 相続税と所得税の二重課税についての従来の見解189
1 二重課税の概念189
2 昭和38年税制調査会答申190
3 裁判例190
4 相続税の課税方式191
5 相続税の課税根拠192
6 所得税法9条1項16号について193
7 小括197
第2節 生保年金二重課税判決198
1 事実の概要198
2 地裁判決(長崎地判平成18年11月7日訟月54巻9号2110頁)199
3 高裁判決(福岡高判平成19年10月25日訟月54巻9号2090頁)199
4 最高裁判決(最高裁平成22年7月6日判決民集64巻5号1277頁)200
5 検討202
6 生保年金二重課税判決後の国の対応208
第2章 相続税と譲渡所得の二重課税判決210
第1節 東京高裁平成26年3月27日判決210
1 事実の概要210
2 当事者の主張211
3 地裁判決(東京地裁25年7月26日判決)213
4 高裁判決(東京高裁平成26年3月27日判決)216
第2節 東京高裁平成25年11月21日判決218
1 事実の概要218
2 地裁判決(東京地裁平成25年6月20日判決)219
3 高裁判決(東京高裁平成25年11月21日判決)220
第3節 相続税と譲渡所得の二重課税について222
1 本件各譲渡所得判決と生保年金二重課税判決との関係について222
2 所得税法60条1項と所得税法9条1項16号の関係について225
第3章 相続税とみなし配当所得の二重課税判決229
第1節 地裁判決(大阪地裁平成27年4月14日判決)229
1 事実の概要等229
2 判旨232
第2節 高裁判決(大阪高裁平成28年1月12日判決)235
第3節 検討237
第4章 生保年金二重課税判決の射程241
第1節 生保年金二重課税判決と他の二重課税判決との異同241
1 生保年金二重課税判決241
2 本件各譲渡所得判決242
3 相続税とみなし配当所得の二重課税判決243
4 生保年金二重課税判決と他の二重課税判決との異同について243
第2節 生保年金二重課税判決の射程244
結びに代えて247

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