寶村 和典
税務大学校
研究科第52期研究員


要約

1 研究の目的

各国は、ひっ迫する財政状況などを背景に、多国籍企業による税源浸食及び利益移転(Base Erosion and Profit Shifting、以下「BEPS」という。)の問題に移転価格税制などの国際課税の強化により対抗を図っている。このような各国の対応により、企業にとっては国際的な二重課税を新たに受ける可能性が高まっている。国際的な二重課税は企業の国境を越えた経済活動を阻害するため、これを回避するために各国は租税条約を締結し、租税条約の中に課税権の配分規定を設けている。しかし、租税条約を締結したとしても両締約国が統一的に当該租税条約を解釈適用しないこと等により二重課税を回避できない事態もあり得る。租税条約にはこのような問題を解決するための手続として相互協議条項が置かれており、今後各国がBEPSへの対抗等の観点から国際課税を強化するのに伴い、相互協議の役割は今後ますます重要になると考えられる。
 日本を含む先進国が租税条約の締結の際に参考にしている「所得と財産に対する租税についてのモデル条約」(以下「OECDモデル租税条約」という。)には、相互協議の類型として、1条約の規定に適合しない課税に対処するための相互協議(個別事案協議)、2条約の解釈又は適用に関する困難又は疑義を解決するための相互協議(解釈適用協議)及び3条約に定めのない場合における二重課税を除去するための相互協議(3項2文協議)の三つが設けられている。そして、日本を含む各国が締結している租税条約にも相互協議の三つの類型がOECDモデル租税条約と同様の文言で定められていることが多い。
 これらの三つの相互協議の類型のうち、3項2文協議は、他の類型と異なり租税条約の条文に権限のある当局の間の合意による解決への言及がなく、単に「協議することができる(may consult)」とされているのみである。また、3項2文協議の条文は、「条約に定めのない場合における二重課税を除去するため」に3項2文協議を用いることができるとしており、二重課税が生じていれば何の制限もなく3項2文協議を用いることができるとその文言が捉えられることもあり得る。
 このような状況の下で、先行研究においては、3項2文協議の合意により租税条約の内容を補完することが可能であるとされており、3項2文協議は立法的解決協議と呼ばれてきた。しかし、先行研究は移転価格税制の問題と関連するものが大半であり、3項2文協議の合意の意義やその対象となる事例について、具体的に検討したものは管見する限りほとんど存在しない。
 本稿は、以上のような問題意識の下、3項2文協議について、その合意の意義、対象としてふさわしい事案並びにその国内法令及び通達ついて検討し、3項2文協議を用いてどのような問題を解決することができるかを検討するものである。

2 研究の概要

(1)相互協議

相互協議とは、「租税条約の適用に関する紛争を解決するため、税務当局が協議するための手続」とされており、国内租税法ではなく租税条約にその根拠がある。この相互協議の主体は、租税条約の定める権限のある当局である。

イ 条約と国内法の関係
 条約と国内法の関係について、日本の憲法体制の下では、条約は国内法の制定を待たずその発効とともに自動的に国内的効力を持ち、その内容が国内法と抵触する場合には国内法に優位するが、そのような条約が自動執行力を有するかについては、締約国の意思(主観的要件)と規定の明確性及び完全性(客観的要件)を基に条約の条項ごとに判断する必要があるとされている。

ロ 租税条約と国内租税法の関係
 租税条約と国内租税法の関係においてもこのような条約と国内法の関係が一般的に当てはまると考えられる。そして、日本の憲法が採用する租税法律主義の下においても、租税条約は租税法の法源として認められるとするのが通説である。しかし、租税法律主義、特に課税要件法定主義及び課税要件明確主義の要請には服するべきであり、租税条約のみによって新たに租税を課すことや不明確な課税要件を定めることは許容されないと考えられる。

ハ 相互協議の法的性質
 相互協議の法的性質について、日本の学説に統一した見解は存在しないようだが、相互協議には納税者の権利救済手続としての側面があるものの、訴訟のような手続的保障のある権利救済手続ではなく、ある種の外交交渉のようなものであると解するのが大勢のようである。相互協議は租税条約を含む関連法令の解釈及び適用に関するもので、関連する租税条約を含む関連法令の解釈及び適用と無関係な譲歩はできないものと考えられる。

ニ 相互協議における合意の法的性質
 相互協議の合意について、条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。)第2条の「条約」そのものであるとする考え方と条約法条約第31条の「条約の解釈にあたり文脈とともに考慮するもの」であるとする考え方の2通りが考えられる。学説では、相互協議の合意を「条約」そのものではないが国際的な法規範として捉える考え方が有力である。しかし、相互協議は租税条約及び関係法令の解釈又は適用に関する当局間の紛争を解決するための枠組みであり、上述の通り、その合意は租税条約等の解釈適用に関するものであることを考慮すると、相互協議の合意のうち、租税条約の解釈に関する部分は、「条約の解釈又は適用につき当事国の間で後になされた合意」である。そうすると、条約法条約第31条第3項(a)の定義に当てはまるから、相互協議の合意のうち、租税条約の解釈又は適用に関するものは、条約の解釈にあたり文脈とともに考慮するものであると考えられる。

(2)日・米・英における相互協議

相互協議に関する国内法令及び通達についての各国の状況は、それぞれ次の通りである。

イ 日本
 日本は、国内租税法の規定として、租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律(昭和44年法律第46号)第12条に租税条約等の実施に必要な事項を省令で定める旨が規定されている。そして、それを受けて租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令(昭和44年大蔵省・自治省令第1号)に個別事案協議及び仲裁に関する申立書等の提出、申立書の記載事項等が規定されている。このほかに、通達である事務運営指針により相互協議の開始の契機に応じた詳細な事務手続等が明らかにされている。

ロ 米国
 米国は、歳入手続において相互協議の事務手続及び手数料、相互協議と国内争訟との関係、事前確認の事務手続及び手数料等を定めている。

ハ 英国
 英国は、法律において相互協議及び事前確認に関して、合意の実施に関する事項、申立者の情報提供義務、虚偽の情報提供の際の罰則等を規定するとともに、ホームページで公表するガイドラインを通じて当局の考え方を明らかにしている。

ニ まとめ
 これらの国内法令及び通達は、その内容から、いずれも個別の事案の協議に関するものであると考えられ、相互協議の三つの類型に応じたものにはなっていない。

ホ 合意の公表
 各国とも、相互協議の合意の一部をホームページで公表している。これらの公表されている合意は、大半が一定の事業体や所得に対する租税条約の適用や租税条約の用語の意義に関するものである。これらは、その内容から解釈適用協議の合意であると考えられる。
 ただし、公表されている合意のうち、米英間の合意には、3項2文協議に基づく合意である旨が明記されているものがある。この合意は、両国の国内租税法の相互作用により欠損金がどちらの国でも控除できないことで生じる二重課税に対処するため、どちらの国でその欠損金を使用するかの選択を納税者に認めるものである。この合意の背景には、米国の内国歳入規則に、他の国の類似する税制との調整を権限のある当局間の合意で行う旨が規定されていることがあると考えられる。

(3)日本における3項2文協議の合意の意義

イ 合意による租税条約の補完
 3項2文協議の合意によって租税条約の内容を補完することができると解すると、権限のある当局の間の合意により新たな条約法を定立し国内租税法を上書きすることを意味することになる。先行研究では、租税条約から権限のある当局への委任があることを理由としてそのような合意が可能とするが、これは相互協議の合意により租税条約の内容を補完する合意が可能であるとするものである。
 租税条約における権限のある当局への委任の関係は、立法府から行政府への委任ないしは国内租税法における法律から命令への委任の関係と同じものであると考えれば、その委任が具体的・個別的な委任である限り、課税要件法定主義に関する問題はないように思われる。法律から命令への委任が具体的・個別的な委任か否かの基準に関して、裁判例は、租税法律主義の原則から、法律が命令に委任する場合には、法律自体から委任の目的、内容、程度などが明らかにされていることが必要とする。
 しかしながら、現実には、租税条約における3項2文協議の条文は、「協議することができる(may consult)」と規定するのみで、「合意によって解決する(resolve by mutual agreement)」旨が規定されておらず、その他の個所にも相互協議の合意により課税要件を定めることに関する立法府から権限のある当局への委任と解することができる規定はない。そのため、租税条約において立法府から行政府である権限のある当局への委任があるとは言い難いと考えられる。このような状況の下で、相互協議の合意により課税要件を定めることは、租税法律主義の課税要件法定主義の観点から許容できないと考えられる。

ロ 合意の意義
 3項2文協議の条文では「合意」に言及されていないが、相互協議を行う以上、権限のある当局の間で何らかの共通認識に至ることはあると考えられる。この場合において、前述のとおり、租税条約又は国内租税法から相互協議への具体的・個別的な委任がないことから、課税要件法定主義の観点から、課税要件に関する合意はなしえない。
 一方、租税法律主義の下であっても、法律の解釈・適用に関する事項は行政府の責任に属する事項であり、そのような内容に関する命令の制定には、法律からの具体的・個別的な委任は不要とする学説があり、この考え方によれば、3項2文協議において、国内租税法の解釈又は適用に関する合意をすることは許容されると考えられる。
 もっとも、国内租税法の一般的な解釈については、既に詳細な法令解釈通達が国税庁から発遣されており、日本の権限のある当局もその内容に拘束されると考えられるから、国内租税法の一般的な解釈に関する合意が具体的に問題となる場面は限られ、個別の事案に係る国内租税法の適用に関する合意が3項2文協議の合意の内容として考えられる。
 国内租税法の適用に際しては、課税要件事実の認定が必要である。この課税要件事実の認定、つまり、事実認定に関する合意が国内租税法の適用に関する合意の中で重要な位置を占めるものと考えられる。
 すなわち、3項2文協議においては、個別の事案に関して、協議を通じ、課税要件事実の認定など国内租税法の適用に関する共通認識(3項2文協議の合意)を基に、国内租税法を解釈適用することにより、結果として二重課税が除去されることになる。

(4)3項2文協議の対象となる事案

OECDモデル租税条約及びそのコメンタリーやOECD移転価格ガイドラインのような国際的な共通基準となりうるものが存在しないような分野では、各国の税制は異なっている。その結果として、国内租税法を適用するための課税要件事実も当然異なる。そのため、租税条約の解釈上、多くの事案が3項2文協議の対象になり得ると解しても、上述したような状況の下では課税要件事実の認定等について協議で共通認識に至ったとしても、国内租税法の範囲内の合意によって二重課税が効果的に除去されるかは疑問がある。
 上で述べたことを踏まえると、@国内租税法の範囲内での合意によってある程度の二重課税の除去が図られるものであり、かつ、AOECDの移転価格ガイドラインなどのように他国との間の共通認識の形成に有用と思われる文書等が存在するものが、3項2文協議により効果的に二重課税を除去できる事例であると考えられる。
 3項2文協議の対象になる可能性がある事例について、1恒久的施設の間の取引に対する課税事案、2寄附金課税事案、3外国子会社合算税制による課税事案、4過少資本税制による課税事案及び5相互協議を伴う事前確認事案の五つの場合について、検討を行った。
 そこで、3項2文協議の対象となる典型的な例として、1恒久的施設の間の取引への課税の事例が挙げられる。なお、3項2文協議の合意は、国内租税法の解釈又は適用に関するものであり、その範囲を超えて日本の課税を減免するような合意はなしえないが、1恒久的施設の間の取引への課税の事例以外の事例についても条約相手国等の権限のある当局に対応的な調整を求める協議は可能であると考えられる。

(5)3項2文協議に関する国内法令及び通達

3項2文協議の条文は、租税条約の権限のある当局が協議できる権限を付与しているのみで、事案の関係者に3項2文協議を申し立てる権限は付与されていない。そのため、租税条約の締約国の権限のある当局が必要に応じて協議を開始することになる。学説では、関係者に申立権がない協議について、協議をして欲しいという陳情の意味で申立てを行うことを事実上の申立てと位置付け、そのような解釈の可能性を排除すべきではないとされている。このような事実上の申立ては、条約相手国等からの情報を除けば、そのような申立てが生じるような問題となっている事例を権限のある当局が把握することを可能にする事実上唯一の方法であると考えられ、このような申立て自体は非常に意味のあるものであると考えられる。
 相互協議に関する現在の日本の国内法令及び通達は、相互協議の三つの類型に応じたものではなく、相互協議の開始の契機に応じた事務手続を明らかにしている。現行の相互協議に関する事務運営指針は、3項2文協議に関する事実上の申立ての可能性を排除していないため、事実上の申立てを契機として、3項2文協議を実施することは可能であると考えられる。しかし、事案の関係者の予見可能性を確保するとともに今後の3項2文協議の積極的な活用を図るために、3項2文協議が実施できることを相互協議に関する事務運営指針において明らかにすべきと考えられる。

3 結論

上述のとおり、3項2文協議では、国内租税法の解釈又は適用に関する合意が可能であり、その中でも課税要件事実の認定に関する合意が主なものになる。そして、現行の事務運営指針などの国内法令及び通達を前提としても3項2文協議を行うことは可能である。
 しかしながら、今後の3項2文協議の効果的な実施のために、3項2文協議の取扱いを事務運営指針で明らかにすることで、事案の関係者の予見可能性が確保されるべきである。そして、3項2文協議を含む相互協議の効率的な実施のためにも、どのような事案が3項2文協議の対象としてふさわしいと考えられるかについての当局の考え方を何らかの形で明らかにするべきである。


目次

項目 ページ
はじめに308
第1章 相互協議313
第1節 条約と国内法の関係313
1 国際法と国内法の論理的関係313
2 条約の国内的効力315
3 条約の自動執行力316
4 条約の国内的序列317
5 日本における条約と国内法の関係318
6 租税法律主義の下での租税条約と国内租税法の関係322
第2節 OECDモデル租税条約における相互協議324
1 OECDモデル租税条約及びそのコメンタリーの位置付け326
2 相互協議条項の変遷(OECDモデル租税条約以前)327
3 相互協議条項の変遷(OECDモデル租税条約以後)329
4 条約の規定に適合しない課税に対処するための相互協議330
5 条約の解釈適用に関する相互協議332
6 条約に定めのない二重課税についての相互協議332
7 国連モデル租税条約における相互協議333
第3節 相互協議の法的性質、国内争訟との関係及び三つの類型相互の関係334
1 相互協議の法的性質334
2 相互協議と国内争訟との関係336
3 三つの類型の相互関係337
第4節 相互協議の合意の法的性質、拘束力及び実施338
1 相互協議の合意の法的性質339
2 相互協議の合意の拘束力340
3 相互協議の合意の実施343
第5節 小括344
第2章 日本における相互協議346
第1節 日本の租税条約における相互協議条項346
第2節 相互協議に関する国内法令等349
1 租税条約等実施特例省令351
2 相互協議に関する事務運営指針351
3 事前確認に関する事務運営指針357
4 まとめ359
第3節 相互協議の合意の実施359
1 日本の課税事案(源泉徴収の事案を除く。)に関する相互協議の合意の場合359
2 日本の課税事案(源泉徴収の事案に限る。)に関する相互協議の合意の場合360
3 条約相手国等の課税事案(源泉徴収の事案を除く。)に関する相互協議の合意の場合361
4 条約相手国等の課税事案(源泉徴収の事案に限る。)に関する相互協議の合意の場合361
5 相互協議を伴う事前確認事案の場合362
6 その他の場合363
第4節 小括364
第3章 米英における相互協議365
第1節 米国における相互協議365
1 米国モデル租税条約366
2 米国が締結した租税条約における相互協議条項369
3 米国の相互協議に関する国内法令等371
4 米国が公表している権限のある当局間の合意375
第2節 英国における相互協議377
1 英国が締結した租税条約における相互協議条項378
2 英国の相互協議に関する国内法令等379
3 英国が公表している権限のある当局間の合意382
第3節 小括383
第4章 条約に定めのない二重課税についての相互協議の活用385
第1節 条約に定めのない二重課税についての相互協議の合意の意義385
1 学説の状況385
2 学説の検討386
3 ドイツの実例390
4 3項2文協議の合意391
5 まとめ393
第2節 対象になる可能性が想定される事例394
1 恒久的施設同士の取引に係る課税394
2 寄附金課税398
3 外国子会社合算税制による課税401
4 過少資本税制による課税405
5 相互協議を伴う事前確認408
6 まとめ410
第3節 条約に定めのない二重課税についての相互協議に関する国内法令等411
1 相互協議の開始412
2 相互協議の継続中414
3 相互協議の終了415
4 円滑な実施のための方策417
5 まとめ418
第4節 小括418
おわりに420

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