赤壁 隆司
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

平成23年度の国税通則法(以下「通則法」という。)の改正(平成25年1月適用・平成27年一部改正)において法制化された税務調査手続により、前回の更正決定等を目的とした実地調査(以下「前回実地調査」という。)を実施した後に、前回実地調査と同一の税目及び課税期間について、その納税義務者に再び質問検査等(以下「再調査」という。)を行うには、「新たに得られた情報に照らし非違があると認められるとき」でなければ再調査ができないこととされ、再調査に係る規定が創設された。
 こうした中で、例えば、前回実地調査時に有していた情報からは非違はなくその実地調査の結果に基づくいわゆる是認通知後に、今回の実地調査において現物確認や取引先等への調査等を行うことにより非違事項を発見し、この非違事項が前回実地調査対象期間に及ぶ場合、この発見された非違事項を指摘し「新たに得られた情報」に該当するとして再調査を行うことに対して異論を唱える主張などがあり疑義が生じている。例えば、上記のような前回実地調査期間に及ぶ非違事項の指摘については、単に不十分な前回実地調査を補充するものに過ぎず「新たに得られた情報」には該当しないものであり、事後の実地調査によって補充された事実関係についても「新たに得られた情報」として取り扱うのであれば、「新たに得られた情報」は際限なく拡大し、安易に再調査が行われることとなり、再調査に制限を加えた通則法の規定を無にすることに等しいとの主張や、是認通知後の納税者(「納税義務者」と同義であり、以下同じ。)の地位の安定を考慮して「新たに得られた情報」の解釈は可能な限り狭く解釈すべきとの主張がある。
 このように疑義が生じているところ、今後、納税者と課税庁とが「新たに得られた情報」を巡りその解釈が対立することによって、再調査に基づき行われた課税処分が違法であるか否かに関して争訟となるケースが少なからず発生するものと考えられる。
 そこで、「新たに得られた情報」に関して、その範囲がどこまで許容されるのかなどの問題点を整理、検討する必要がある。

2 研究の概要

(1)再調査手続の法制化の意義

平成22年12月16日に閣議決定された平成23年度税制改正大綱において、納税者環境整備については、「納税者の立場に立って、納税者権利憲章を策定するとともに、税務調査手続の明確化、更正の請求期間の延長、処分の理由附記の実施等の措置を講じることとし、国税通則法について昭和37年の制定以来、最大の見直しを行います。」と明記された。
 財務省の税制改正の解説において、再調査について、従来、税務署長等は更正決定をした後、その更正決定をした課税標準等又は税額等が過大又は過少であることを知ったときは、その調査により再更正をすることができることとされているところ(通法24)、通則法74条の11第6項の規定により、その前提となる再調査のあり方について、従来からの運用上の取扱いを踏まえ、納税者の負担の軽減を図りつつ、適正公平な課税の確保を図る観点から、いったんある納税者に対して調査が行われ、その後、更正決定等をすべきと認められない旨の通知をした後、修正申告書等の提出があった後及び更正決定等をした後においては、税務職員は「新たに得られた情報に照らし非違があると認められる場合」に再び質問検査等を行うことができるものである旨の説明が行われている。
 そして、改正以前の再調査の運用上の取扱いについては、平成11年12月14日、衆議院の齋藤勁議員より提出された「税務行政における適正手続の法的整備に関する質問主意書」に対する答弁書がある。当該答弁書(平成12年1月14日閣議決定)は、「再調査は新たな資料情報によって先の調査で把握した所得金額が過少であることが判明した場合等に行うこと等、所得税法第234条を始めとする各税法の規定等の趣旨に則して、納税者の権利に配慮した適正な運用が行われている」旨を答弁している。
 以上から、再調査手続の法制化の意義は、従来からの運用上の基本的な取扱いを踏まえ、納税者の負担の軽減を図りつつ、事後是正を予定する申告納税制度の下での納税者とその申告等をチェックする課税庁とのバランスを考慮した上で、適正公平な課税の確保を図る観点から明確化したものであるといえる。

(2)質問検査権の意義等

通則法74条の11第6項は、再調査の要件として、「当該職員は、新たに得られた情報に照らし非違があると認めるとき」と定めているところであり、当該職員の非違の認定についての判断の仕方が問題となるところ、この点に関連して、質問検査権の意義を示した重要な判例があり、その質問検査権の行使の要件である「調査について必要がある」ことなどについて、以下の判旨から当該職員の判断の仕方などについて確認し考察する。

イ 最高裁昭和48年7月10日第三小法廷決定(刑集27巻7号1205頁)の判旨

(イ) 「所得税法234条1項の規定は……当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入状況、相手方の事業の形態等の具体的事情にかんがみ客観的な必要性があると判断される場合には、……物件の検査を行う権限を認めた趣旨で」ある。

(ロ) 「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべ」きものである。

ロ 調査(質問検査権の行使)の必要性の判断
 上記イ(イ)の判旨は、旧所得税法234条1項がいう「所得税に関する調査について必要があるとき」とは、当該職員において「具体的事情にかんがみ客観的な必要性があると判断される場合」に質問検査権の行使を行うとしているが、一方で質問検査の必要性の認定についての判断の仕方に「客観的」といった限定が加えられており、当該職員の自由な裁量に委ねられているものではないと解されている。また、同判旨において、いかなる場合に質問検査の必要ありとすべきかの実態的基準は示されていないが、この点に関しては、調査の必要があるかどうか、あるとして、いつ誰に対していかなる質問をし、またいついかなる物件を検査すべきかは、専門技術的な判断を必要とするとの指摘がある。

ハ 再調査手続における専門技術的判断
 上記イのとおり、質問検査権の行使の要件についての判断は、専門技術的判断を必要とすると解されているのと同様に、再調査の要件である「非違があると認める」との判断も、各租税法令等に精通するとともに調査に準じた判断を要するものであり、専門技術的判断が必要となる。

(3)行政裁量

行政法において行政裁量についてどのように捉えているか考察すると、「行政裁量とは、立法者が法律の枠内で行政機関に認めた判断の余地のことである」と解されている。そして、行政行為のどの段階に裁量が認められるかという点について、古典的学説では、法律要件の解釈・あてはめの段階の裁量(要件裁量)と、要件が充足された場合に行政行為をするかどうかという権限発動段階の裁量(効果裁量)という2段階につき論じられてきた。要件裁量については、古典的学説の中には否定するものがあったが、現在、学説は要件裁量を認めている。
 また、判例については、以下のとおり要件裁量を認める傾向にあるほか、判断過程の合理性が問題となったものもある。

イ 要件裁量を認める判例の傾向
 判例も、要件裁量を認める方向性を示しており、専門技術的な判断が必要であるという観点から要件裁量を認めるものがある。例えば、教科書検定に関して「学術的、教育的な専門技術的判断であるから、事柄の性質上、文部大臣の合理的な裁量に委ねる」(最高裁平成5年3月16日第三小法廷判決(民集47巻5号3483頁))とするもの、原子炉等規制法の許可要件の適合性に関する内閣総理大臣の判断について、「多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合判断が必要とされること」から、学識経験者等を含む原子力専門委員会の意見を尊重した「内閣総理大臣の合理的な判断に委ねる」(最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決(民集46巻7号1174頁))とするものなどがある。

ロ 行政裁量に関する判断過程の合理性等が問題となった裁判例
 外国人の在留期間更新許否処分に関し、法務大臣の判断の違法性についての審理・判断基準について、「その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全くの事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法である」(最高裁昭和53年10月4日大法廷判決(民集32巻7号1223頁))と判示する判例があり、一定の限度を超えた場合に違法と解されている。

(4)「新たに得られた情報に照らし非違があると認められるとき」の解釈

イ 「新たに得られた情報」の意義
 通則法74条の11第6項に規定する「新たに得られた情報」について、通常の調査の過程においては、調査担当者である「当該職員」は各種情報を収集及び分析し、更正決定等をすべきか否かを判断の上、1同条第1項の更正決定等をすべきと認められない旨の通知、又は2同条第2項の調査結果の内容説明(更正決定等の額等)を行うこととなる。そうすると、「当該職員」が上記1及び2の時点で保有する情報、すなわち更正決定等をすべきか否かの判断の基礎とされるべき情報については、再調査の要件となる「新たに得られた情報」に該当しないものとなり、該当する情報は上記1及び2の時点で保有していなかったものとなると考えられる。

ロ 「新たに得られた情報に照らし非違があると認めるとき」の範囲
 通則法74条の11第6項が規定する再調査の要件の判断にあたる1「非違があると認める」とは、どの程度の可能性をいうのか、2「新たに得られた情報に照らし」とは、新たに得られた情報のみを基礎として非違があると認められるときに限定されるのか、について問題となる。
 上記1については、上記(2)イ(イ)の判旨の「具体的事情にかんがみ客観的に必要があると判断される場合」とする判断枠組みを斟酌すると、上記非違の認定に際しても客観的な判断が求められ、調査担当者の一方的な判断といった恣意性は排除されるべきであり、実態的な判断基準が規定されていないとしてもその判断の程度については「合理性」によって担保されるべきものと考えられる。
 上記2については、通則法74条の11第6項の趣旨が、納税義務者の負担の軽減を図る一方、一定の場合には再調査を可能とすることによって適正公平な課税の確保を図ることとした規定であると解されることに鑑みて、同項の規定を見ると「新たに得られた情報に照らし」と規定されており、その趣旨及び文理からも「新たに得られた情報」のみを判断の基礎とすることを求めているとは解されない。例えば、その新たに得られた情報からは直接的に非違があることが疑われるとまでは言えない場合であっても、それ以外の情報と総合的に判断した場合に、非違があることが合理的に推認される場面も少なくないのであって、このような場合において再調査は制限されるべきではないと考えられる。このような解釈は、同項が規定する「非違があると認める」の判断は専門技術的判断を要し、かつ、総合的に判断を行うことなどは、行政判断に関する判例等の傾向からしても相当であると考えられる。

(5)再調査手続の瑕疵と課税処分の効力の関係

イ 調査手続の瑕疵と課税処分の有効性に関する学説及び裁判例の傾向
 調査の瑕疵を問題とする更正処分取消請求事件に関しては、調査手続の違法は当然には課税処分を取り消す違法事由にはならないが、その調査手続の違法性の程度が重大である場合には課税処分を取り消す違法事由になるとする「折衷説」があるところ、学説及び裁判例は、折衷説を支持するものが多く有力な説である。
 さらに、折衷説に属する裁判例の中に少数ではあるが、調査手続の違法性の程度が甚だしい場合、その調査によって収集された資料を課税処分の資料として用いることが排斥されることがある(その結果として、当該課税処分を維持できなくなる場合が起こり得る。)と解するもの(違法収集証拠排斥説)もある。
 この点に関して、一連の広い調査の過程において一部のみ重大な違法性を有している場合、典型的な折衷説に基づくと、その更正処分をどのように取り扱うべきか疑義が生じ、このような問題を解決するには、違法収集証拠排斥説が参考となる。すなわち、その違法性の程度が重大な一部の調査過程において収集した資料等の証拠能力が排除され、当該資料等を基礎とした更正処分の部分が取消しの対象となる一方、その余の適法な調査によって収集した資料等に基づく更正処分の部分は維持されることとなる。

ロ 再調査手続の瑕疵と課税処分の有効性
 再調査の要件として「新たに得られた情報に照らし非違があると認めるとき」とされているところ、前回実地調査の終了時点において有していた情報のみによって非違があると判断する場合は、再調査手続違反による瑕疵があると考えられる。また、「非違があると認める」の判断の仕方は、専門技術的判断を必要とすることから税務職員の判断に裁量の余地があり、一定の合理性があると認められる限り瑕疵があるとされないと考えられるが、その判断が明らかに非合理的であり社会通念に照らし著しく妥当性を欠き恣意的な場合も手続違反による瑕疵があると考えられる。
 このような再調査の判断については、上記(3)ロの判例等を参考にすると「その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全くの事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らか」とされる場合があり得るところ、同判断が再び質問検査権の行使を可能とする再調査手続の趣旨を没却させるものであり、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして重大な瑕疵があるとされた場合に限り、同判断に基づき行われる再調査はその要件を欠き違法性を帯びたものと取り扱われ、当該再調査により収集された資料等は証拠能力を失うこと(違法収集証拠排斥説)となろう。
 以上のような考え方に基づくと、当該資料等に基づく課税処分の部分は、その根拠を失うこととなり維持されず取消しの対象(再調査によらない部内資料等を基礎とする部分は除く)となり得ると考えられる。

3 まとめ

(1)「新たに得られた情報」の意義

通則法74条の11第6項に規定する「新たに得られた情報」の意義は、同条第1項の通知又は同条第2項の説明に係る国税の調査(実地の調査に限る。)において質問検査等を行った当該職員が、当該通知又は当該説明を行った時点において有していた以外の情報とするのが相当である。

(2)「新たに得られた情報に照らし非違があると認めるとき」の範囲

通則法74条の11第6項に規定する「新たに得られた情報に照らし非違があると認められるとき」の判断の仕方は、専門技術的判断を必要とし裁量の余地があるもので合理性によって担保されるべきである。また、その範囲は、新たに得られた情報から非違があると直接的に認められる場合のみならず、新たに得られた情報から直接的に非違に結びつかない場合であっても、新たに得られた情報とそれ以外の情報とを総合的に考慮した結果、非違があると合理的に判断(推認)される場合も含まれるとするのが相当である。
 したがって、上記(1)の質問検査等を行った当該職員が、当該通知又は当該説明を行った時点において有していた情報であっても、その後の再調査適否の判断を行う当該職員が「新たに得られた情報」と総合的に判断した結果非違が認められるのであれば、「新たに得られた情報」としての意義、及び「新たに得られた情報に照らし非違があると認められる」とするその合理的判断が左右されることはない。

(3)再調査手続の瑕疵と課税処分の効力の関係

上記(1)の質問検査等を行った当該職員が、当該通知又は当該説明を行った時点において有していた情報のみによって「非違があると認められる」と判断すること、及び「新たに得られた情報に照らし非違があると認められる」との判断が明らかに非合理的であり社会通念に照らし著しく妥当性を欠くもので全く恣意的であることなどにより、これらの判断がその裁量権の範囲をこえる又は濫用により再調査手続の趣旨を没却する重大な瑕疵と認められた場合に限り、同判断に基づく再調査は違法性を帯びることとなり、その再調査により収集された証拠はその証拠能力を失うことによって、この証拠に基づく課税処分の部分は取消しの対象となり得る。


目次

項目 ページ
はじめに184
第1章 法制化された再調査手続186
第1節 平成23年12月の通則法改正の経緯及び背景186
第2節 税務調査手続が法制化された趣旨及び目的187
1 平成23年度税制改正大綱(平成22年12月16日閣議決定)187
2 平成27年4月15日付「調査手続の実施に当たっての基本的な考え方等について」の一部改正について(事務運営指針):第1章 基本的な考え方188
3 税務調査手続に関するQ&A(一般納税者向け)
(国税庁ホームページ平成26年4月改訂):問1
189
4 納税者環境整備に関する論点整理189
5 税制改正(平成23年12月)の解説189
第3節 調査終了の際の手続等190
1 調査終了の手続190
2 再調査手続192
3 小括194
第2章 質問検査権195
第1節 申告納税制度における質問検査権195
1 質問検査権の通則法への統合195
2 調査の意義196
3 調査の要件197
4 質問検査権の法的性格198
5 調査義務200
6 行政指導201
第2節 質問検査権の意義等を明らかにした判例
(最高裁 昭和48年7月10日第三小法廷決定
(刑集27巻7号1205頁))
202
1 事実の概要(荒川民商事件)203
2 判旨204
3 評価205
第3節 再調査手続において専門技術的判断を要することについて208
第4節 アメリカにおける税務調査及び再調査209
1 アメリカの税務調査209
2 サモンズ(行政召喚状)の執行211
3 再調査に関する判例212
4 小括214
第3章 行政上の裁量216
第1節 行政裁量の意義216
第2節 行政裁量に関する古典的学説217
第3節 現在の行政裁量論219
1 法規裁量と自由裁量の相対化219
2 要件裁量を認めた最高裁判決(専門技術的判断)220
第4節 課税処分と裁量228
第5節 行政裁量に関する判断過程の合理性等が問題となった最高裁判決229
1 最高裁昭和53年10月4日大法廷判決
(民集32巻7号1223頁)
229
2 最高裁平成18年11月2日第一小法廷判決
(民集60巻9号3249頁)
231
3 第3章の小括233
第4章 再調査の要件
(「新たに得られた情報に照らして非違があると認めるとき」)
235
第1節 再調査手続に関する法令等235
1 再調査手続に関する法令等の要旨235
2 再調査の対象と適用関係236
第2節 再調査の要件237
1 「新たに得られた情報」とは237
2 「新たに得られた情報に照らし
非違があると認めるとき」の範囲
238
3 再調査手続違反の疑義について241
4 納税者の負担と適正な再調査243
第5章 再調査手続の瑕疵と課税処分の効力246
第1節 税務調査手続の瑕疵と課税処分の関係246
1 調査の瑕疵に関する裁判例246
2 学説等250
3 検討253
第2節 再調査の手続違反と課税処分の有効性259
結びにかえて262

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