成瀬 洋平
税務大学校
研究科第47期研究員


要約

1 研究の目的

 源泉徴収制度の下においては、役務提供の対価が給与等に該当するか否かは、対価の支払時までに支払者(源泉徴収義務者)が判断することになる。そして、この判断に誤りがあった場合には、1受給者は源泉徴収義務者が誤って徴収・納付した所得税を本人の確定申告手続では是正できず、2源泉徴収義務者には、源泉所得税の納付遅延や過少納付による加算税等が賦課されることになる。そのため、源泉徴収義務者には支払う対価が給与等であるか否か、すなわち「給与等該当性」について的確な判断が求められる。
「源泉徴収の対象となる所得かどうか、徴収すべき税額がいくらであるかの認定判断は、一義的に明確、かつ、容易になされ得るものであることが望ましい」といわれているが、近年は、就業形態の多様化に伴い、従来の給与所得者、事業所得者の概念に当てはまらない者が増加しており、これらの者に支払われる役務提供の対価については給与等該当性の判断に迷う場合が多いと考えられる。そのため、源泉徴収義務の履行を適正かつ円滑に実現し、源泉徴収制度の適正な運営を図るためには、給与等該当性に関する判断基準を明確化することが求められていると考える。
このような者については、税制上の取扱いだけでなく、労働法による保護の対象となるか否か及び社会保険の被保険者に該当するか否かも問題になると考えられる。「労働法上の労働者」及び「社会保障法上の被保険者」の概念は、「税法上の給与所得者」の概念と密接な関係にあり、互いに連関するものであると考えられるが、これまで、それぞれの法分野において独自に考察されていたようである。
本研究は、これらのうち労働基準法上の労働者概念を取り上げ、給与所得者概念との比較、検討を行うことにより、給与等該当性に関する判断基準の明確化を試みるものである。

2 研究の概要

(1)給与所得の定義及び判断基準
所得税法における各所得の定義は、これまでの裁判例などから具体化されており、給与所得と事業所得については、企業の顧問弁護士に対する報酬が給与か弁護士報酬であるかが争われた事案において、最高裁が給与所得を「雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付」、事業所得を「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意志と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」と判示しており、これがその後の裁判においても踏襲されている(昭和56年4月24日第二小法廷判決)。
これは、給与所得については従属性の有無、事業所得については独立性の有無にその判断基準を求めたものであるといえるが、その具体的判断要素については、個々の事実関係に応じて様々なものが採用され、それら要素を状況に応じて総合評価することによって給与等該当性を判断しており、いかなる事実関係であっても誰もが的確に判断することができる形式的な判断基準を明示することは容易ではない。
また、多様な要素を状況に応じた総合評価によって判断するという手法は、客観性と予測可能性に欠けるという問題があると考える。

(2)労働基準法における労働者概念及び労働者性の判断基準
労働基準法第9条は、その適用対象である「労働者」を「・・・・・使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定義している。しかし、「使用される」の意味も、「賃金」に関する労働基準法第11条の定義も広範・抽象的であるため、同条の規定から直ちに労働者の範囲を明確にすることはできない。そこで、労働者性の判断基準を明確化する必要が生じてくる。
労働者性の一般的な判断基準を示した最高裁判決はないものの、現在、一般的な労働裁判で用いられている昭和60年の労働基準法研究会報告「労働基準法の「労働者」の判断基準について」は、労働基準法上の労働者性について、契約の形式にとらわれず、実態として使用従属関係が認められるか否か、すなわち、1使用者の指揮監督下で労働し、2労務対価性のある報酬を受け取る者に該当するか否かという基本的な基準を立て、その具体的判断要素及び労働者性判断を補強する要素を示して、判断の明確化を試みている。

(3)所得税法上の給与所得者概念と労働基準法上の労働者概念の異同
所得税法上の給与所得者と労働基準法上の労働者では、法人役員等一部の者については取扱いが異なるものの、次の理由から「労働基準法上の労働者」に該当する者は、全て「所得税法上の給与所得者」に該当すると考える。

1 給与等該当性の要件とされる「雇傭契約」と労働基準法における「労働契約」は同一概念とされていること。

2 給与等該当性と労働基準法上の労働者性の判断は同一の判断基準で行われているといえること。

3 所得税法第28条が給与等として例示する「賃金」は、労働基準法の制定と同時期に行われた税制改正によって盛り込まれたものである。そのため、労働基準法第11条に定義する「賃金」と所得税法第28条の「賃金」は、同一の概念と考えられること。

 したがって、所得税法上の給与等該当性の判断が困難な事例については、労働基準法の労働者性の司法判断等を参考にしてその解決を図ることも有効な手段の一つと考える。

(4) 給与等該当性に関する判断基準の考察
前述のとおり、給与等該当性を判断する際に検討すべき具体的判断要素は、裁判例を通じてある程度具体化されているものの、それら具体的判断要素の中には、事案によって機能するものとしないものがある。
また、給与等該当性を判断する上で各判断要素は同列に扱われるのではなく、1一定の基準を満たせば給与等該当性を肯定又は否定することができる「重要な要素」と、2その要素の度合いに応じて給与等該当性の判断を補強する「補強要素」とに区分することができると考えられるが、それらの具体的な基準は判然としない。
そのため、役務提供の実態から給与等該当性を判断するに当たり一般的に検討すべき事項について、労働者性が争われた裁判例等も参考としつつ判断要素ごとに検討を加え、「重要な要素」及び「補強要素」となる具体的な基準を次のとおり整理した。
なお、給与等該当性は次の各要素を総合的に勘案して判断することになるが、イからハまでの各要素については、「給与等該当性を肯定(否定)する要素が認められない場合は、給与等該当性が否定(肯定)される。」という反対解釈が許されるものではないことに留意する必要がある。

イ 給与等該当性を肯定する重要な要素

1 時間的拘束性
就業時間が指定されている又は就業時間が厳密に管理されている場合。

2 報酬の労務対価性
報酬が役務提供をした時間又は日数を基礎として計算され、業務の結果に関係なく支払われている場合等。

3 事業組織的従属性
就業規則等に服し、違反等に対しては懲戒処分等もあり得るなど、使用者の事業組織へ組み入れられていると認められる場合。

ロ 給与等該当性を否定する重要な要素

1 代替性
業務遂行に当たり自由な判断で補助者の使用が可能であり、当該補助者に支払う報酬を本人が負担している場合。

2 費用負担
業務遂行上必要な工場、機械設備及び車両等の生産手段を本人が所有し、当該生産手段が労働力と一体となって業務に使用されている場合等。

ハ 給与等該当性を肯定する補強要素

1 専属性
使用者に専属することが義務付けられている場合。

2 報酬の労務対価性
報酬の体系が完全な成果主義型であっても、業務ごとの報酬の算定根拠が日当に予定日数を乗じて計算されている場合。

ニ 給与等該当性を肯定又は否定する補強要素

1 業務遂行上の指揮監督
業務遂行方法の決定における本人の裁量の度合いや業務遂行過程における使用者の監督状況の度合いなどから、業務遂行上の指揮監督が強いと認められる場合は、給与等該当性を肯定する補強要素となり、弱いと認められる場合は否定する補強要素となる。

2 時間的拘束性
就業時間の決定における本人の裁量の度合いなどから、時間的拘束性が強いと認められる場合は、給与等該当性を肯定する補強要素となり、弱いと認められる場合は否定する補強要素となる。

3 諾否の自由
使用者からの仕事の依頼を拒否できない場合は、給与等該当性を肯定する補強要素となり、拒否できる場合は否定する補強要素となる。

4 危険負担
業務遂行上で発生する危険又は損失を本人が専ら負担している場合は、給与等該当性を否定する補強要素となり、負担していない場合は肯定する補強要素となる。

3 結論

 就労形態は業種業態によって様々な特質があるため、判断要素を検討する際にはそれを考慮する必要があり、業種業態の中には、傭車運転手における車両の所有の有無のように、特定の要素が判断のポイントとなる場合がある。
したがって、給与等該当性の判断が特に困難とされる業種業態については、上記判断基準を基に個々の就労形態を分析し、それに応じた明確な判断基準を示す必要があると考える。

凡例

 文中で用いている略語は、次のとおりである。

  • 所法・・・所得税法
  • 租法・・・租税特別措置法
  • 租令・・・租税特別措置法施行令
  • 消法・・・消費税法
  • 通則法・・・国税通則法
  • 労基法・・・労働基準法
  • 基発・・・労働基準局長通知
  • 保発・・・保険局長通知
  • 発基・・・労働基準局関係の事務次官通達

目次

項目 ページ
はじめに 156
第1章 役務提供の対価に対する課税制度 158
第1節 給与所得課税制度及び源泉徴収制度 158
1 給与所得課税制度及び源泉徴収制度の沿革 158
2 給与所得課税の概要 177
3 源泉徴収制度の意義 180
4 小括 184
第2節 給与所得の意義 185
1 所得の意義 185
2 給与等該当性の判断の困難化 188
3 小括 190
第3節 給与所得と事業所得の区分に関する判断基準 191
1 給与所得と事業所得の区分に関する判断基準 191
2 裁判例における判断基準 194
3 小括 215
第4節 雇用契約 215
第2章 労働法における労働者 218
第1節 労働法の概要 218
1 労働法の体系 218
2 労働者の意義 218
3 労働者性に関する判断基準 220
4 雇傭契約と労働契約の異同 226
5 労働基準法の賃金 227
第2節 給与所得者概念と労働者概念の異同 229
1 所得税法上の給与所得者と労働基準法上の労働者の異同 229
2 判断基準の異同 236
3 所得税法上の給与等と労働基準法上の賃金の異同 242
4 小括 244
第3章 給与等該当性に関する判断基準 247
第1節 給与等該当性に関する判断基準の考察 247
1 従属性の判断要素 247
2 独立性の判断要素 263
3 その他の判断要素 273
4 小括 279
第2節 事例検討 283
(事例1) 大工A 283
(事例2) 型枠大工B 286
(事例3) 在宅勤務者C 289
(事例4) 在宅勤務者D 292
(事例5) 楽団員E 294
おわりに 298

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