長谷部 啓

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 近年、従前の重厚長大型産業に加え、ベンチャー企業の育成や知的財産、ノウハウ等の人的資産集約型の共同事業のニーズの高まりなどを背景とし、そのための事業体として、内部組織が柔軟であり、かつ、構成員の責任が有限である形態の組合(投資事業有限責任組合及び有限責任事業組合)や会社(合同会社)が創設されるなど、事業体の多様化が進展してきた。
このような流れの中で、法人格の有無によって法人税の納税義務者を判定している現行の法人税制を見直し、事業形態の選択に中立的な税制の構築を求める声が多くなってきており、その中には、法人の場合にはいわゆる配当二重課税の問題が生じるため組合に比し不利であることを理由として、組合的色彩の濃い法人(持分会社)にもパス・スルー課税(構成員課税)を拡大すべきであるという意見や現行税制における組合課税の規定の不備・取扱いの不明確を指摘する意見が多く見受けられる。そのため、持分会社とそれに類似する各種組合を中心として、今後の事業体課税のあり方を検討しておく必要がある。
そこで本研究では、社団ないし実定法上の法人と組合の法的な属性の比較、会社法制の改正を踏まえながら、基本的に法人格を有する事業体を納税義務者としている現行法人税制の妥当性を検証するとともに、組合事業におけるパス・スルー課税に関する諸問題と今後の基本的な組合課税のあり方を考察する。

2 研究の概要

(1) 法人と組合の属性の比較による現行法人税制の妥当性の検証
事業体が社団と認められれば法人税の納税義務者となる。過去の学説・判例では、社団が組合と区分されるための属性として、多数決の原理、団体の構成員からの独立性、団体の継続性、構成員の責任の有限性等が挙げられていたが、組合類似の社団たる法人の存在、組合における組合員の責任の有限化等により、これらの属性で社団と組合とを峻別することは困難となってきており、財産の構成員からの独立性の有無という観点から個々の事業体ごとに判定するほかない。しかし、法人の場合には、法人格の付与により、内部組織が組合に類似するか否かにかかわらず、法人自体が「権利義務の主体及び財産の帰属主体」となるという法的な属性を有する。
一方、民法上の組合は組合員から独立した存在ではなく、各組合員が主体性を保持したまま結合する団体であり、特定の組合員に業務執行権を集約した場合であっても、組合の要件である「共同事業性」は失われないとされている。そのため、組合財産は、分割請求の禁止等によりある程度の独立性が確保されてはいるものの、組合員全員の共有に属することとされており、法人における財産の帰属関係と本質的な差異がある。また、組合員は持分の払戻し請求権、組合の解散請求権が認められていることや組合債務の履行について補充性が認められていないなどの点において、法人の場合の出資者の権利義務とも大きく相違する。
ところで、上記の法人における「権利義務の主体及び財産の帰属主体」という法的な属性は、私法上の所得の帰属主体に対して課税するという個人・法人を通じた所得課税の根幹にかかわるものであり、事業体課税のあり方の検討における法人課税とパス・スルー課税の線引きの基準としては最も重要な要素であるから、現行法人税法が基本的に法人格の有無により納税義務者を判定している根拠がこの点にあると解すれば、現行税制は今日においても十分な根拠を有しているということができる。

(2) 事業体の経済的実態を基準とした課税方式の採用の適否
法人格の有無にとらわれず、事業体の経済的実態(内部組織の柔軟性、共同事業性の程度、構成員の数など)によって法人課税する事業体とパス・スルー課税する事業体とに区分しようとした場合には、私法上の法的効果(財産の帰属、事業から生ずる責任の帰属等)とは別個の線引きの基準が必要となるが、当該基準とされる経済的実態を表す指標は、いずれも程度の差を示すものでしかないため、法的安定性の阻害、執行の困難性につながりかねない。また、法人にもパス・スルー課税を認めるべきとの意見には、出資者に対して未実現の所得に課税する結果になるといった所得課税の根本的な問題が内在している。したがって、単に法人と組合との内部組織面の類似性を根拠に「同一の実態を備えたものには同一の課税をすべし」として、私法上の法的効果の帰属主体である法人に対してパス・スルー課税するのは適当ではない。

(3) 会社法制の改正とそれに伴う法人課税の問題点
会社法においては、規整の方を会社の実態に合わせるといった考え方から、株式会社と有限会社を一本化し会社の機関設計の弾力化が図られたほか、持分会社においては内部組織面で定款自治の原則が幅広く認められた。また、最低資本金制度の廃止、すべての会社形態における一人会社の容認、会社が他の会社の無限責任社員となることの容認といった会社法制の改正に加え、税制において中小同族会社の留保金課税制度が廃止されたことに伴い、今後は、例えば、個人事業主の法人成りのように、租税負担の軽減・課税の繰延べを主たる目的とした会社が、ごくわずかな資本金で一人会社として設立されてくることが懸念される。
このような一人会社は、1人の出資者に支配され、社団としての団体性が顕在化しておらず、会社と出資者を同一視し得るので、適正・公平な課税の確保の観点から、例外的に、パス・スルー課税の対象とすることを検討する必要があると考える。

(4) 組合事業における組合員課税の主要な問題点

イ 現物出資資産に係る課税
組合の組成に当たって組合員が金銭以外の資産を出資した場合には、現物出資した組合員において、出資時に、現物出資資産のうち他の組合員の持分相当部分について譲渡損益が発生するほか、組合組成後において、現物出資資産が組合内部に留保されている段階であっても、新組合員の加入や一部の組合員の追加出資により現物出資資産に対する共有持分が変動すると、その都度、当該資産を時価評価した上で、大半の組合員において持分の減少部分について譲渡損益を計上しなければならない。また、組合が当該資産を他に譲渡した場合には、それによる譲渡損益を他の組合損益と区分し、現物出資した組合員と他の組合員に合理的に配賦する必要があるため、組合員数や現物出資資産の量によっては、組合において相当煩雑な事務負担が生ずるとともに、課税当局においても組合員の申告内容の検証に係る執行上のコストの増加にもつながりかねないという問題がある。
そのため、組合員は組合財産について共有持分を有するとはいえ分割請求権が否定されている点、組合形態での事業は法人形態での事業よりも「自ら事業を行っている」という側面が強い点や組合員の担税力を考慮し、組織再編税制における適格現物出資に準じて取り扱い、一定期間譲渡損益を繰り延べる措置を講ずるのが適当であると考える。

ロ 組合員における所得計算及び個人組合員の所得区分
組合員の所得計算は、損益分配割合に応じて、各組合員の選択により、総額方式、中間方式又は純額方式のいずれかの方法によることとされている。そのため、いずれの方法を選択するかにより所得金額に差が生ずるほか、個人組合員が純額方式を採用した場合には、組合収益を構成する個々の収入の性質がそのまま組合員の所得区分として伝達されないため、組合への出資という形態を採ることにより、組合員が自ら行う場合と異なる所得区分に変換することが可能となるという問題がある。また、民法では、個々の組合財産に係る共有持分と損益の分配割合とは、全く別個の概念として両立しているものであることからすれば、出資割合と損益分配割合とが異なる場合にまで損益分配割合に応じた総額方式による所得計算を認めるのは果たして適当かという問題もある。
そのため、組合損益の性質が組合員により正確に伝達されるような所得計算の方法に改めるのが適当であると考える。

ハ 損益分配割合
出資割合と異なる柔軟な損益分配割合により損益分配ができることが組合形態を利用する大きなメリットのひとつであるが、税務上これを無条件に容認した場合には、相続税逃れや寄附金課税逃れといった租税回避の手段に利用されかねない。
そのため、これを防止するための方策を講ずるとともに、納税者の予測可能性を高める観点から、例えば、損益分配割合の算定根拠が明確にされていないもの、組合員の合意により損益分配割合を任意に変更し得るもの、利益と損失とで分配割合が異なるものは合理的な損益分配割合とは認められないとし、この場合には、税務上は出資割合により所得金額を算定する旨を明らかにする必要があると考える。

3 結論

(1) 法人課税とパス・スルー課税の線引きの基準の見直しの必要性
私法上の所得の帰属主体に課税するという所得課税の本質を維持するためには、法人格の有無を線引きの基準としている現行税制が最も法的安定性に優れているため、今後も堅持すべきである。ただし、法人制度が租税負担の軽減のための道具として利用されることを防止するという租税政策的な観点から、実質的に出資者自身と同一視し得る一人会社については、例外的にパス・スルー課税することを検討すべきであると考える。

(2) 今後の基本的な組合事業における組合員課税のあり方
組合事業についてパス・スルー課税を採っている理由が、組合の財産及び損益が各組合員に直接帰属するという私法上の帰属関係にたつものであるから、組合段階の個々の収入の性質や資産負債の内容が正確に組合員に伝達される課税体系とすべきであり、そのため、組合員の所得計算は総額方式のみ(ただし、出資割合と損益分配割合が異なる場合は中間方式)とするのが相当である。その際、現物出資資産の含み損益については、組織再編税制に準じて課税の繰延べを認めるのが適当であると考える。
また、組合形態が租税回避の道具として利用されることを防止する観点から、1有限責任事業組合に関する損益分配割合の算定根拠に関する書面の作成と保存義務、及び2有限責任事業組合及び投資事業有限責任組合に関する「組合員所得に関する計算書」の当局への提出義務を他の組合にも拡大する必要があると考える。

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